37th REASON

REASON 【ゆず Ver.】 初回限定盤 (CD+DVD) REASON 【HUNTER×HUNTER Ver.】 完全生産限定盤 (CD+DVD) 「REASON」【ゆず Ver.】 通常盤
13年1月9日
詞曲:北川悠仁・岩沢厚治・前山田健一、編曲:前山田健一&ゆず
日テレでリメイクされたアニメ『HUNTER×HUNTER』ED。グリードアイランド編の間に使用されたが、後の最終話で突如使用され当時使用されていた「表裏一体」を差し置いて番組を締めくくる大役を授かった。確かに会長選挙編が終わり、ゴンがジンと会って今後の希望に溢れた感じのラストシーンにはシリアスな「表裏一体」よりも今作の方がハマっていた。アニメ盤が用意され、ゆず史上初めてCDの収録内容(C/Wが違う)が異なる複数発売となった。ただ今回アニメ盤に収録されたC/W「流れ星☆キラリ」はゆず提供で声優陣が歌うというものだった。「流れ星☆キラリ」自体は後にゆずバージョンとしてゆずが歌うバージョンがアルバムに収録された。

前山田健一との共作により、1番と2番でメロディーが違うとかAメロだったのがBメロに変わったりとかかなり複雑な展開を見せる捻りまくりの大作になった。しかし全体のキャッチーさはずば抜けていてここに来てのまだ新しいゆずの世界があったのかと驚かされた。「with you」で壮大路線を打ち切り、「また明日」で原点回帰するという1クッションを挟んでこの新機軸。デビュー15周年を越えてなおこの進化は驚かされるばかり。
★★★★☆
11thアルバム『LAND
5thベスト『ゆずイロハ

REASON
ゆず
2013/01/09 ¥250

ゆず

36th また明日

また明日【初回盤】 また明日【通常盤】
12年8月8日
詩曲:岩沢厚治
久々の岩沢曲、そして久々の寺岡呼人との共同プロデュース。シンプルでアコースティックなバンドサウンドで寺岡呼人と組んでいたかつてのゆずの王道が炸裂する文字通りの原点回帰の極みのような楽曲。原点回帰は時にもうあの頃に戻れないのか…と逆に思ってしまうようなあの頃に及んでない感が出てしまう事もある。しかしゆずの場合、ここ数年で超はじけた曲から壮大の極みまでありえないほどの壁をぶち抜いてきていた。壮大路線が天井に行き着いてこのまま続けても…となってきたようなこのタイミングで、スパッと原点回帰をしたのは実に効果的だった。すっかり影が薄くなっていてC/W、もしくはアルバムで1,2曲隙間のように配置される存在になっていた岩沢曲でこの勢いというのも感動した。直近の岩沢曲シングル「マイライフ」や「from」で正直2人の間にかなり差がついてしまった印象が否めなかったが今作を聞いて岩沢さんまだ枯れてない!と思えた。これで『ゆずイロハ』に収録されなかったのは残念すぎた。しかも『YUZU YOU[2006-2011]』以降のシングルで外されたのこの曲だけだし…。
★★★★☆
11thアルバム『LAND

また明日
ゆず
2012/08/08 ¥250

ゆず

35th with you

with you
12年5月23日
詩曲:北川悠仁
「虹」に続く日本生命CMソング。CM自体が前回同様にロンドンオリンピックが近づくとオリンピック選手向けの応援タイアップみたいに変化していき、けっこうかかっていたので、今回もオリンピックタイアップみたいな状態になっていた。次回作「また明日」がリリースされた頃がちょうどオリンピック開催期になったのでむしろ「また明日」よりもOAされてね?状態に…。

再び蔦谷好位置と組み、求められている壮大自己啓発路線にストレートに応えた曲といった感じで「虹」を越えるとか並ぶとかいう感じではないかなと思う。というか「虹」で既に最高点に達し、「Hey和」で完全に行き過ぎてしまったイメージだったのでこの壮大自己啓発路線ってそもそも連発できるものでもないし、マンネリ感は否めなかった。

とはいえ「虹」と同じタイアップで同じようなオリンピック応援歌としても使われるという状況の中、岩沢が声が出るか不安だと訴えるほどのサビ終わりの裏声の限界以上に挑んだような超高音はかなり攻めていた。っていうかムチャが過ぎたと思う。無理したら喉壊すよこれは…。

結果的に今作は壮大自己啓発路線の最終着地点となり、ゆずはこの路線を掘り進めるのをスパッとやめ再び新たな境地を目指していくことになった。こういう判断があっさり出来てしまうフットワークの軽さは意外と他にない長所だと思う。
★★★☆☆
11thアルバム『LAND
5thベスト『ゆずイロハ

with you
ゆず
2012/05/23 ¥250

ゆず

ゆず 20周年シングル回顧3~2007-2011~

デビュー10周年を迎えたゆずはアルバム曲をまとめたベスト盤『ゆずのね 1997-2007』で10年間を総括。そしてデビュー以来の共同プロデューサーだった寺岡呼人を離れ、新たに蔦谷好位置を共同プロデューサーに迎えた。蔦谷好位置はJUDY AND MARY解散後ソロになって低迷していたYUKIを復調させて以降幅広いアーティストを担当。同じく長らく低迷していたエレファントカシマシも蔦谷好位置が関わった途端に再ブレイクといえる勢いを取り戻すなど、中堅からベテラン級のミュージシャンに新風を吹き込むのに長けたプロデューサーという印象があった。ゆずも例外ではなく、蔦谷好位置が関わるようになった事でこれまでの枠を拡大。加えて北川がこれに刺激されたのか、これまで以上に未開の地を切り開いていくように次々と新たな楽曲を生み出していった。

さらにTV出演も解禁。北川に至っては月9ドラマの主演級にまで挑戦(ただし役者業にはそれ以上手を出さなかった)。新たなファン層を開拓することに成功。「栄光の架橋」が最大の代表曲のような扱いになってきて”上がり”を迎えそうなタイミングで次々と新たなカードを切っていったため、一定以上の人気と存在感をキープしたまま突き進んだ。

ゆずの音楽性がはるかに拡大していく中でも岩沢の楽曲の世界観はシンプルなまま変わることが無く、結果的に北川が大半の楽曲を書くようになり、岩沢曲はアルバムで数曲以下、シングルA面採用機会も激減した。 「ゆず 20周年シングル回顧3~2007-2011~」の続きを読む…

ゆず

ゆず 20周年シングル回顧2~2001-2006~

21世紀を迎えると再び明るい方向性に回帰。今までにない遊び心を見せたり、4週連続1コインシングルリリース、3曲A面など様々な実験的試みや挑戦もこなしながら順調にキャリアを重ねていった。04年には代表曲となる「栄光の架橋」も生まれた。気が付けば2人は「もうすぐ30才」であり、デビュー10周年も迫っていた。

この時期までは北川のA面採用が多いものの、要所要所では岩沢曲がA面を飾っており、両A面の2曲とも岩沢曲という事もなんと2度もあった。 「ゆず 20周年シングル回顧2~2001-2006~」の続きを読む…

ゆず

ゆず 20周年シングル回顧1~1997-2000~

1997年にインディーズデビュー。トイズファクトリー社長の稲葉貢一がゆずのために設立したセーニャ・アンド・カンパニー(SENHA&Co.)に所属してのインディーズデビューだった。インディーズではミニアルバム『ゆずの素』1作のみで、98年には2ndミニアルバム『ゆずマン』でメジャーデビュー。トイズファクトリーではなく、セーニャ・アンド・カンパニーのままメジャーデビューした。セーニャにはその後何度か別のアーティストが所属した事もあったが、どれも単発~数年程度で離れており、実質的にゆずの専属レーベルとなっている。ゆずのCDの品番が「SNCC」で他にほとんどこの品番を使っているアーティストを見かけないのはこのためだ。

シングルを出したのはインディーズデビュー、メジャーデビューの後の98年6月3日。ミニアルバム2作の頃は無名で、「夏色」のロングヒットで世間一般にゆずの名が知れ渡った。一般的に1stシングル=デビュー作と捉えられがちなのでゆずのデビューは98年の夏という認識が強く、07年に10周年、17年に20周年というのは正しいんだけど何か1年早い気がするのはこれが原因だろう。

メジャーデビューと同時に寺岡呼人がサウンドプロデューサーとして主にアレンジ面を支えた。先に曲を書いていたのは岩沢だったらしく、このためインディーズ時代は岩沢曲がメインだったがメジャーデビューと同時に北川が才能を発揮するようになり、すぐに北川曲がやや多めという配分になった。

この時期は連続でスマッシュヒットを連発。そのどれもが20~30万台にとどまり、ミリオンヒット全盛期の90年代末期だったが、当時の基準における大ヒット曲は出なかった。アルバム『ゆずえん』は唯一ミリオンセラーを記録しているが、大ヒットが出ないことで逆にピークを作らず、安定した人気の土台を作れたのは大きかったと思う。

ただかなり連続でリリースしていたのでTVには出なかったもののかなり多忙を極めていたようで、99~00年頃、アルバム『トビラ』にかけては一時的に内省的な楽曲を立て続けに発表。基本前向きで明るい曲をメインとするゆずが最もやさぐれたのがこの時期となった。
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ゆず

19 シングル回顧~1998-2002[19→23]~

岡平健治、岩瀬敬吾で結成されたフォークデュオ「少年フレンド」、そこにイラストレーターの326が作詞&ビジュアル(アートワーク)担当として加入して3人組としてデビュー。326のその後の扱いと解散時の状況から事務所が発表していた公式のヒストリーと実際の結成経緯には恐らくいくつかの相違があるものと思われるが、公式発表では3人は意気投合として19を結成したとされている。デビュー時点で326が20歳になっていたが、2人は19歳だったので19だったというのが定説だが明言はされていない。

3rdシングルまでは一貫して326がジャケットイラストを担当。ただし326は歌や演奏には参加していないのでライブパフォーマンスは岡平健治、岩瀬敬吾というスタイルで活動。00年になると326は脱退させられてしまい、公式発表上もなんだか有耶無耶のまま19は2人組となり、いつの間にか326とは初期にコラボレーションしていただけの扱いにされてしまった。

そして02年には突如の解散。何かと大人の事情が見え隠れする…というか事務所との軋轢を感じさせる点が多かったが、楽曲面で見ても後期になるほど2人の音楽性はかけ離れていっていた。

2017.7  A面のみ昔公開していたものを全面改訂しC/Wを追加

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19

Every Little Thing シングル回顧5~2011-2016~

アルバム『CHANGE』で復帰した五十嵐充だったが、結局それっきり継続的に関与する事は無かった。『CHANGE』ツアーは無かったので、1年経過してから活動が再開された。『CHANGE』の穏やかモードを引き継いだのと、震災の影響もあってか、しばらくはかなり落ち着いたバラード系のナンバーが続き、アルバム『ORDINARY』はELTの中でも最も穏やかな1作となった。

一転して次のアルバム『FUN-FARE』では軽快な楽曲が増え、エレクトロ路線など新たな境地も開拓するようになった…が、20周年を前にしていよいよシングルヒットが全く出せなくなってきてしまい、20周年は前倒しで20年目に突入した2015年に大々的に掲げてしまう事となる。09年に出したばかりのベスト盤にその後のシングルを加えたコンプリートシングルA面コレクションをニューアルバム『Tabitabi』とセット販売のみで格安でリリースするなど奇をてらった戦略は失敗というほど売れなかったわけではないが、成功というほど売れたわけでもなかった。

以降は持田の結婚もあり、活動は緩やかに停滞していく。20周年を掲げていたにも関わらず全く歌番組には呼ばれず、かつて「うたばん」でそのオモシロキャラを開眼させた伊藤はバラエティの常連のような存在になってきて、公式サイトには音楽の情報よりもバラエティ番組出演の情報ばかりが並ぶようになった。しまいには新譜情報が発売目前まで全く告知されないようになるなど、プロモーションがほとんどされない、されないので未だかつて見た事ないような最低順位と最低売上を大幅更新する…という悪循環…。

なんとか2016年まで1年に1曲は何かしら作品が出るという状態をキープしたが…2017年の半分が過ぎて情報は途絶えており、今後どうなってしまうのか。20周年を越えて正直不安も残る状態なのも確かだ。 「Every Little Thing シングル回顧5~2011-2016~」の続きを読む…

Every Little Thing シングル回顧4~2007-2010~

この時期になると爽やかなポップス路線に回帰。、個性派極まっていた歌い方のクセが抜けてストレートな歌い方に戻った。CDで聞く分には歌い方がスッキリと落ち着いたように聞こえてはいたものの、08年7月の「とくダネ!」コーナーの「朝のヒットスタジオ」では「Time goes by」を原曲オケで歌ったため、出し切れない高音部分が悪い意味で話題になってしまった。

09年後半にはサウンドプロデューサーとして五十嵐充が復帰。あくまでELTは2人のままで五十嵐は外部参加という扱いだったが、久々の3人での楽曲制作が行われた。提案はエイベックス側からで五十嵐充も凄くやる気になっていたそうだが、ベストヒットツアーとベスト盤リリースを同時並行で行い、アルバム『CHANGE』発売とほぼ同時にそのツアーが終了。最後は五十嵐充もステージに登場し、ライブで共演もしたが、ツアー自体はベストヒットツアーだったのでシングル曲程度しか披露されず、『CHANGE』を引っ提げてのツアーは開催されなかった。その後1年近くライブもCDも出していないだけに、せっかくの五十嵐充とのアルバム制作は2010年に夏頃をメドにじっくり作っていけば良かったのに…。09年秋~10年春までの過密日程には謎が残る。 「Every Little Thing シングル回顧4~2007-2010~」の続きを読む…

Every Little Thing シングル回顧3~2003-2006~

徐々に枯れつつあった歌声が激変して個性的な歌い方を模索した結果、アコースティック路線へ転向していったELT史上最も激動期、かつ個性派路線だった時期。以前のイメージのままでいると変わり切った雰囲気を受け入れるのが至難だが、変化を受け入れることができるとこの時期は途端に名曲の宝庫と化す。

基本的に多くのアーティストの基礎売上は低下していく時期だっただけにELTもまた徐々に売上が低下していたが、この時期では「また あした」「恋文/good night」が前後の作品よりも目立った結果を残しており、TVで「fragile」まで代表曲を抑えて取り上げられるほどではないが、そこそこ知られた以降の代表ヒット曲として一定の認知は得ていると思う。 「Every Little Thing シングル回顧3~2003-2006~」の続きを読む…