PRINCESS PRINCESS シングル回顧~1987-1996~

ガールズバンドの元祖、最も成功したガールズバンドと現在では言われる事が多いPRINCESS PRINCESS。しかしガールズバンドの呼称は文字通りに10代半ばでヒットしたWhiteberryやZONE以降に一般的になっていった言葉で、当時の女性編成のバンドはギャルバンとかレディースバンドなどと呼ばれる事の方が多かったようだ。同時期に活躍したSHOW-YAとはスタイルはかなり違っていたがいずれにしても当時の両者のヴィジュアルを見る限り、「ガールズ」=少女扱いするには少々失礼な感じがする。

出自は自分たちでバンドを組んだのではなく、1983年に一応バンドのオーディションという形で選ばれたメンバー5人だったが、翌1984年の「赤坂小町」としてのデビューはどう見ても聞いてもアイドルであり、バンドというには難しいものがあった。
1985年には事務所を移籍し、「JULIAN MAMA」に改名するも作品リリースには至らず、1986年に「PRINCESS PRINCESS」と再び改名してCBSソニーでデビューした。このデビューはシングルではなく、ミニアルバム『Kissで犯罪』でプロデュースはムーンライダーズの岡田徹が担当。赤坂小町時代からすればしっかりロックバンドの体裁にはなったものの、6曲中自作は1曲だけ「作曲:プリンセスプリンセス」だったのみ。この当時レコードからCDへの過渡期だった事もあったと思われるが、ミニアルバム『Kissで犯罪』は解散するまでCD化されることは無かった

1987年にレコード会社はそのままに再び事務所を移籍。4月に1stシングル「恋はバランス」が発売され、以降は解散までそのままの体制となった。「恋はバランス」こそ提供だったものの、続く1stアルバム『TELEPORTATION』で自作へ移行し、メンバー5人全員がソングライターとして活躍した。

PRINCESS PRINCESSは90年代のミリオンヒット時代が到来する直前の89年にイチ抜けでミリオンヒットを飛ばして全盛期を迎えた。そしてミリオンセラーが当たり前になっていた90年代半ば頃には既に失速してしまっていた。解散した96年は個人的にヒットチャートを見始めた時期だったが、それが96年8月からであり、既にPRINCESS PRINCESSは解散していた。現役時代をリアルタイムで見ることはできなかったが、「世界でいちばん熱い夏」「Diamonds<ダイアモンド>」はどこかで耳にしていつの間にか知っていた。またソロになった奥居香が97年に『めざましテレビ」のテーマ曲「ハッピーマン」を歌っていたのでプリプリのボーカルの人とは知らずに耳に入っていた。この1曲ポッキリしか記憶が無いのでしばらく「ハッピーマン」歌ってた人と一致しなか

解散から10周年を迎えた06年にベスト盤、シングルBOX、アルバムBOX、ライブDVD BOXと立て続けにリリースされ、ここで初めてまともに聞いた。以降『プリプリ・サマソン!』『THE PREMIUM BEST』、12年再結成時の『THE REBIRTH BEST~再会~』と適宜リリースされるベスト盤はリアルタイムで都度聞いてきたが(あれ?フユソン…)、実のところ主要なベスト盤だけでは21作のシングルを聞くことができない。後半がほとんど入らないからだ。かといってオリジナルアルバムだけだと今度はヒットシングルさえ抜けまくる…。

シングルBOXと全曲集がリリースされているのでそれ1発で揃えることは可能だが、BOXモノ以外で21作を辿るにはオリジナルアルバム、特定のベストアルバムを組み合わせて辿る必要がある。シングルを全部聞くだけでもかなりの時間がかかった…。

このたび87年の1stシングルから30周年を記念し、21作のシングルA面のみを取り上げる事にしてみた。

2017.8~9執筆

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