JUDY AND MARY シングル回顧2~1997-2001~

大ブレイクを境にしてソングライターとしてTAKUYAがメキメキ成長、恩田快人は曲を一気に書かなくなってしまい、いつしかTAKUYAがバンドの主導権を握るようになった。作曲面に限らず、YUKIとの作詞の共作の増加、Additional Production by TAKUYA(『THE POWER SOURCE )→Album Concept and Additional Production:TAKUYA(『POP LIFE』)→Total Stage Concept by TAKUYA(『44982 VS 1650』)→Produced by TAKUYA、編曲:TAKUYA(『WARP』)とアルバムにクレジットされていた表記を見てもどんどんリードしていったことが分かる。
99年に1度活動を休止、解散は絶対ないと念を押してこの間に各自ソロ活動を行い、1年後に約束通りに復活。しかしそこから1年で結局解散となってしまった。完全にやりきっての解散、ソロアーティストとしてのYUKIの大成功もあって、再結成ブームの中においても再結成の可能性は限りなく低いものと思われる。不仲だったイメージが強いがメンバー間の共演が無いわけではなく、06~07年頃に高橋瞳のプロデュースをTAKUYAが担当した際に、ドラムに五十嵐公太を起用するなどもしている。 「JUDY AND MARY シングル回顧2~1997-2001~」の続きを読む…

JUDY AND MARY シングル回顧1~1993-1996~

女性ボーカルに男性演奏陣というソニーとしてはREBECCAに続く存在として大ブレイクした90年代を代表するポップロックバンドJUDY AND MARY。
結成の経緯が変わっていて、元々恩田快人が既に別のバンドでメジャーデビューを果たしている中で、サイドプロジェクト的に始動。インディーズで作品をリリースするもあくまでサイドプロジェクトだったので1度解散したが、恩田快人の中で熱意が高まって再始動となり、この過程で参加できなくなったギタリストがTAKUYAへと変わって現メンバーが揃った。
このため恩田・五十嵐はデビュー時点で既にアラサー、YUKIとTAKUYAは20歳そこそこと年齢にやや開きがあった。さらにビジュアルが4人ともバラバラで全く噛み合ってそうに見えないといういびつさも異色だった。

初期~中期は恩田快人がメインライターだったが、中期以降ソングライターとしてギタリストとして、プロデューサー佐久間正英の後押しもあって自我を開放したTAKUYAがメインライターへと切り替わり、末期には編曲プロデュースまでTAKUYAの名義になってしまうなど、バンドの主導権は極端な偏りを見せた。それゆえに完全にやりきっての悔いの全く残らない全力で駆け抜けた短くも濃い活動期間となり、再結成ブームの中においても再結成される可能性が最も低いバンドの1つでもある。

2017.3執筆、編集を経て2017.5公開 「JUDY AND MARY シングル回顧1~1993-1996~」の続きを読む…