MOON CHILD シングル回顧~1996-1999~

当時新鋭のレコード会社で主にダンスミュージックを中心に手掛けていたエイベックスから初のロックバンドとして96年にデビュー。メンバーは作詞作曲をほぼ一手に手掛ける佐々木収(Vo,Gt)、渡邊崇尉(Ba)、樫山圭(Dr.)の3人組だった。3rdシングルよりサポートメンバーとして参加していた秋山浩徳(Gt)が加入して4人組となった。

97年にドラマ『FiVE』主題歌に起用された「ESCAPE」が大ヒットして一躍有名となった。続くシングル2作もトップ20ヒットとなり、2ndアルバムはトップ10ヒットを記録するも以降人気が続かず、ほぼ1発屋として扱われるようになってしまった。99年年明けには早々に解散を発表して解散してしまった。

ポストMr.Childrenとして期待されていたなどと言われているが90年代後半に出てきたV系の流れとは異なるポップロック系のバンドは割とすぐにポストミスチルとか言われがちで、そんな時代であったのでミスチルっぽいところがあったかどうかについては正直あまりそういった要素は見当たらない。ただし本人たちもその意識があったようで後期の頃にはC/Wで直接的には伏せているがポストミスチルと言われていた事に言及する歌詞が登場する曲もある。

途中までプロデュースを担当していた浦清英は当時ミスチルのサポートキーボードを担当していたという繋がりがあったため、余計言われやすいところはあったのかもしれない。また共同アレンジャーとして途中で今井裕を起用し、最終的にたどり着いたのが井上鑑という点においては同時期に活動していたBluem of Youthとも共通している。

現役時代シングル11枚、オリジナルアルバム3枚をリリースしたが、枚数の割に活動内容は非常に濃く、アルバム3作全て方向性が異なるなど90年代らしい変化の多いバンドでもあった。

またMVを見るとボーカル佐々木は毎回のようにさほどダンスミュージック的なサウンドでもないのにクネクネと猛烈に踊り狂っており、何故彼らがダンスミュージック色の強いエイベックスからデビューしたのかの答えの一端が伺える(?)。

解散発表から解散までがかなり急で、3rdアルバム発売直後のツアーがそのまま解散ライブとなった。一方で解散後のベストアルバム発売が解散から半年も経過してからだったり、何故か05年に唐突にもう1度ベスト盤を発売することになり、ジャケット撮影のためだけにメンバーが再集結、シングル『アネモネ』のジャケットと全く同じ構図で『COMPLETE BEST』のジャケットが撮影されたりと、解散後にもリリースやメンバーが集結する動きは少なからずあった。

佐々木收と渡邊崇尉は解散直後にSCRIPTを結成。休止や移籍を挟みながらも2010年代前半頃まで活動していた。SCRIPTはエイベックスではなかったが、佐々木は石田匠と組んでRicken’sというユニットでも一時活動しており、そちらはエイベックス所属であった。この縁もあって佐々木とエイベックスとの繋がりも続いていて主にエイベックスの所属ミュージシャンへの提供活動も行っていた。この頃にはササキオサム名義になっていて、ソロでもこの名義でライブを行っていたようだ。

大塚愛が主演した『東京フレンズ』で大塚愛の相手役だった瑛太が引き抜かれて加入したメジャーデビュー間近の人気バンド「フラワー・チャイルズ」はRicken’sが演じており、演技シーンはほとんどなかったがライブをしている姿が作中に登場する(ただしスキャンダルにより超失脚してメジャーデビューの話が立ち消えになって物語から消えるバンドという役どころであった)。個人的に解散以降10年ぶりくらいに久々に佐々木収が予想だにしない映画の作中で出てきて驚いたが、その顛末にもっと驚いた。

2013年にはMOON CHILD再結成を発表。この際はデビュー当時の3人となっていて秋山は不参加だった。ライブは盛況だったようで公式サイトも制作されていたことから当初は継続的な活動も視野にあったものと思われるが、直後に佐々木が原因不明のめまいにより活動休止を発表するなど体調がおもしわくない状態が続いたようで、気が付けば公式サイトも消滅してしまい、MOON CHILDの活動も無くなっていた。

すっかり忘れかけた2017年になって突如同じ1度解散を経て復活したエイベックスのバンド同士という共通点を持つDo As Infinityとの対バンが行われて再度復活。この際には秋山も参加して4人が揃ったという。以降は再び活動は無く、ソロ活動へ戻っていたが、2019年には2年ぶりに復活して再びDo As Infinityとの対バンが行われることが発表されている。

2018.10執筆

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