ブラックビスケッツ 20周年シングル回顧~1997-1999~

当時の10代に圧倒的人気を誇った日テレのバラエティ「ウリナリ」。その中でポケットビスケッツが大ヒットを飛ばした。彼らに対抗して結成されたのが南々見狂也(南原清隆)、天山ひろゆき(天野ひろゆき)、ビビアンで結成されたブラックビスケッツである。

元々は南原が演じる南々見一也がプロデューサーとなってMcKeeというユニットを結成しフィリピンデビューを狙うというのがメイン企画だった。メンバーにあぶれた千秋とおまけ扱いで出ていた内村、McKeeの名前を決める会議で「ポケットビスケッツ」を提案したウドの3人で半ば強制的にポケットビスケッツが結成。その後CD対決をしたらポケビが勝っちゃってMcKeeは消滅

南々見一也はその後ポケビの2枚目「YELLOW YELLOW HAPPY」リリース後に再登場し、「利き酒」「利き寿司」などの“○○ができなければ即解散”(できればライブができたりとご褒美があり、最終的には3rdシングル発売もかかった)シリーズを展開させた。毎回ポケビを解散危機に陥らせたため(今思うと完全に演出だが)、当時ネットもない時代の純真な子供たちはポケビを応援し、南々見一也には激しい敵意を抱いた。

年明け97年には南々見一也の双子の兄として南々見狂也にキャラクターをリニューアル(眉間のつけぼくろの色が変わったとかつけもみあげの長さが変わったとかそんなマイナーチェンジだった)。天山ひろゆき(天野ひろゆき)、ビビアンを引き連れて「ブラックビスケッツ」を名乗って登場。これに伴い”○○ができなければ即解散”シリーズは3VS3のグループ対決企画へ移行。負けの条件が解散という重いものではなくなり、番組エンディングを歌う権利(ブラビは歌が無いので3人のカラオケ)をかけていた。

即解散シリーズは失敗したらポケビが終わってしまうので毎回引っ張って引っ張って成功というお約束だったが、対決企画では負けの条件が緩くなったためポケビの敗北パターンを作ることが可能となり、ブラビの勝利が続くようになった。やがて条件も少し厳しくして負けたらメンバー引き抜きなど激化。ポケビが千秋1人だけになってしまい、2人を取り返すための綱渡り対決により2人を取り戻してポケビが復活して夏に向けては1stアルバムへこぎつけるなど盛り上がった一方、ブラビには苦情が殺到。

その後は対決企画が沈静化し、たまごっちブームに便乗したような携帯ゲームのグッズ展開をしていたポケビに対抗して高額な木彫りブラビ人形を制作。これの売り込みに苦労してビビアンが号泣する、ブラビ荘での貧乏生活みたいなみずぼらしい様子を延々放送し始めて同情を買う展開になだれ込んだ。これで徐々に反感を同情に変換していくことに成功すると、97年年末になってついにダンスボーカルユニットとしてデビューする事になった。ビビアンの母国である台湾でも活動。シングルは常に台湾語バージョンが現地で発売、現地でのプロモ活動もされていた。台湾バージョンは当然CDの言語も違うがジャケデザインも異なっていてCD店が盛況だった当時は大きなところだと輸入盤として台湾盤を並べていた記憶がある。

98年にはポケビとのCD発売権をかけた対決にも勝利。「Timing」では一時的に完全にポケビを凌ぐ勢いを見せ、番組最高売上を記録した。しかし順調だったのは98年の丸々1年のみであった。

99年、新展開として突如として新メンバーであるケディの加入をオーディションで決定。新曲「Bye-Bye」が「STAMINA」の売上を越えないと南々見とケディが脱退という条件で発売するも、惜しいどころか初動売上で絶望、2週目3週目あたりでもう絶対無理と言い切れるほど全く及ばない売上推移を見せ、重ねてのプロモーションも実らず大失敗。公約どおりに2人が脱退になってしまった。

その後も2人になってしまった天山とビビアン、脱退した南々見とケディの様子は引き続き放送されていたが、気がつけばビビアンは番組を降板、南々見とケディは何故かそのままインド映画を作るというわけのわからん方向になだれ込み始めて、ブラビはそのまま自然消滅してしまった。

一応ブラックビスケッツ企画の続きとしてはビビアンを除いた3人に新たな現地メンバーを加えた「南々見組」として作品をリリース。当時VHSに代わる新メディアとして普及前のDVDでシングルをリリースするも新しすぎて大敗。さらにケディも降板したため新たに「ブランニュービスケッツ」と名を変え、今度は普通にシングルCDを出したがトップ30落ちする大敗となり、番組人気も一気に下降線を辿っていった。

なお何故かシングル4作はAmazon登録がされていない上に、アルバム『LIFE』含めて配信はされていない模様。

2012年執筆を2017.12全面改訂

 




1st STAMINA

97年12月3日
作詞:ビビアン&ブラック・ビスケッツ&森浩美、作曲:林田健司、編曲:大坪直樹[Selfish]
ポケビの邪魔をする悪役から木彫りブラビ人形売れない展開を経て、ようやく売りさばいて台湾との同時デビューを目指すという展開でもさらにレコード会社に断られまくってようやくBMGと契約、ポケビにかつて課した利き酒課題のクリア…などこれでもかという同情によるイメージ回復展開を繰り返してのデビュー作。

当時のSMAPへの提供が多かった森浩美を作詞に、林田健司を作曲に迎えたダンスポップチューン。ロック・バンド路線のポケットビスケッツに対してボーカル&ダンスグループとしてカラーの違いを打ち出していたが、もう1つ大きな違いがビビアンだけではなくAメロ部分で南々見、天山にもソロパートがあり、サビでも追っかけボーカルなどバックコーラス以上の存在感を発揮。特に天野ひろゆきはけっこうな美声で普通以上に歌えたのもあったのかもしれない(19年後にはDEENとコラボしてKYADEENとしてツインボーカルを張ったが40代になっても衰えていなかった)。

それまでの悪役イメージを払拭するための同情展開が過剰だったので正直ブラビのイメージはあまり良くなかったんだけど、曲は普通に良かった。喋るともっとカタコトだったビビアンが発音の随所に不慣れな部分はあっても割と流暢に日本語詞を歌っているのは新鮮でもあった(音で覚えているためだと思うけど)。

またリリース直後には日本武道館ライブ(キャラクターコント企画で行っていたトーナメントの優勝特典としてホワイティ(内村)のお笑いライブの前座という扱い)をかけてガソリンすごろく対決を行った際にはポケビが勝利。元より持ち歌1曲のブラビは結局ポケビの温情でステージに招き入れられ、ライブを行うことができた。
★★★★☆
1stアルバム『LIFE

2nd Timing

98年4月22日
作詞:森浩美&ブラック・ビスケッツ、作曲:中西圭三&小西貴雄、編曲:小西貴雄
今作発売を巡っては再びポケビと新曲発売権をかけてガソリンすごろく対決の第2弾を行い、今度はブラビが勝利して今作が発売された。ポケビは鉄球で新曲「My Diamond」を破壊され、100万人署名運動展開へとなだれ込みしばらくは苦労展開となったが、その間に今作はミリオンヒットを記録し、ポケビを超える番組最高売上に到達。初動売上こそKinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」に及ばず2位だったものの、1998年O社年間4位に食い込む文字通りに98年を代表する大ヒット作となった。番組人気もブラビ人気もこの時が間違いなくピークだった。

当時は正直ポケビを超えるほどいい曲かこれ…?という感じであまり好きではなかった。前作よりもキャッチーでノリが良く、前作より人気になるのは確かに分かるが…。スタミナがあれば頑張れるというある意味で根性論に近かった前作に対して今作はもっと広く人々を励ます内容だったのも共感を呼んだのかもしれない。10年後くらいにはKYという言葉が当たり前に使用されるようになったがこの曲はズレた間の悪さもそれも君のタイミングだと肯定してくれるのである。むしろ現代にこそ響く曲なのではないか。ていうか当時聞いていた子供たちが大人になってこの曲を改めて聞いたら救われる事例もけっこうあるのでは。個人的にもどちらかといえばズレた間の悪さサイド(?)であり、それで苦労することもあったので大人になってからの方が響いた。スタミナだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。

PVにもあるが間奏のSAXソロを南々見が担当するというパフォーマンスもこの曲にはあった。唐突に演奏できないエアサックスをぶち込んだわけではなく、確かこの少し前の別の企画で南原がサックスを猛練習するようなブラスバンド系の企画があってその流れで習得したサックスの腕を間奏でここでも披露することになったんだったと思う。ただ基本的にダンス&ボーカルグループだったので演奏面の演出はこれだけだったような…。なおCDで実際にSaxを吹いているのは山本拓夫
★★★★☆
1stアルバム『LIFE

3rd Relax

98年10月21日
作詞:森浩美&ブラック・ビスケッツ、作編曲:小森田実
前作の大ヒット、夏にかけてはポケビの100万人署名からの「POWER」発売を経て再びのブラビターンとなった。ポケビ同様に3作目は男性ボーカルメインとなり、南々見・天山がメインボーカルとなった。台湾ではビビアン1強の知名度なので男2人ボーカルが台湾で受け入れられるかとか、ビビアンには間奏の日本語ラップが与えられ早口な日本語に大苦戦するなどのトピックはあったが、4作の中でも1番順調な状況の中でリリースされた印象がある。

ピークを越えた番組人気は徐々に下っていき、180万人近く署名を集めたポケビのシングルが90万枚程度で止まったのに続き、今作は一気に30万台まで低迷。この時はやはりビビアンボーカルじゃないとこうなるかという感じではあったが…。

SMAPの「SHAKE」を手掛けていた小森田実の提供曲。一連の彼の提供ヒット同様の小森田色全開のポップソングになっている。当時のSMAPっぽい方向性だったブラビの楽曲群の中でも特段にこの曲はSMAPっぽいのはこのためだろう。当時も今もなんだかんだこの曲が1番いい曲だと思う。前作をさらに進化させてリラックスの大事さを歌った歌詞も何気に大人になるほどに響いてくる1曲。

この曲ではあえて“明日できること今日はやめよう”と歌い、マイペースでいいんじゃないか、頑張らなくてもそのうちシアワセになれそうだとか神様にお願いしてしまう気楽さを推奨。だらけすぎてしまうのは確かに良くないが今日できることは今日やる!みたいな考えが正義とされがちな張りつめた日々の中で文字通りにリラックス効果が得られる。これまた中学生当時よりも大人になってからの方が圧倒的に響く。スタミナ1本だけでは乗り越えられない事がたくさんあるんだよ。

当時PVの別バージョンとしてビビアンボーカルバージョンをついでに制作していたが音源化はされず、後にアルバム『LIFE』のシークレットトラックで音源化された。キーを変えているので何だか演奏に違和感があるが、文字通りにボーカルパートが逆転している。
★★★★★
1stアルバム『LIFE

4th Bye-Bye

99年5月26日
作詞:森浩美&ブラック・ビスケッツ、作曲:川上明彦、編曲:大坪直樹[Selfish]
更に高みを目指すとして新メンバーオーディションを行い当時16歳の中国人ケディが加入。4人組グループとなった。今作のリリース自体にこれといった番組からの試練は無かったが、今作の売上が発売2ヶ月で「STAMINA」の売上73万枚を越えないとケディだけでなく南々見も脱退という進退をかけたものだった(「STAMINA」はO社76万枚の累計で数万足りないのはおそらく発売から2ヶ月という期間を指定したため)。

初動売上の時点で10万割れと過去最低を記録(累計30万台に終わった前作でも15万近くは出ていた)。先日まで取り上げていた河村隆一の97年の4シングルのうち3シングルは初動10万台からどれも70万枚を突破しているので不可能というわけではなかったが、初動寄りの傾向は2年間でさらに強まっていたし、前3作を考えればいきなり絶望的状況に陥った。このためひたすらプロモーションに奮闘し、その甲斐あって2週目以降もトップ10後半にしばらく残って毎週3~4万売れ続け、さらに期限が迫る中でもトップ20で1~2万という粘りを見せるも初動の低さと積み上げの低さが響いて累計42.9万枚(期限時点ではもっと低かった)で大失敗。あえなく2人は脱退し、そのまま活動できなくなりブラビは自然消滅となった。

なおブラビがこのような空中分解状態に陥った事を反省してかポケットビスケッツは最後の聖戦と称してトライアスロン企画に勝利して以降番組が活動の妨げとなるような試練企画を行わない事を確約させた上で、新曲『Days/My Diamond』を発売。00年年明けのユーミンとのコラボ展開を経て、千秋をソロ歌手として独り立ちさせるという名目で00年3月に正式な形で活動を終了させている。ブラックビスケッツもこんな形ではなくもう少しちゃんとした形で区切りをつけてほしかった。加入した途端ユニット空中分解という責任がのしかかることになったケディのフォローは続く『ナトゥ』企画にメインで起用していったことでかなり行っていた印象だったがこれに伴ってビビアンがおざなりにされた印象もあるし、降板の理由はやはりブラビをこんな中途半端な形で終わらせる事になって救済も無かったのが大きかったのでは。

前年に絶頂を極めたユニット及び番組人気が急転直下で下り坂となってしまったが、不可解だったのは今作を収録したアルバムを同時発売していたこと。同時発売のアルバムに収録してしまった曲をシングルで70万枚も売ろうとするなら当時の基準でもこんなワケの分からないリリースの仕方は普通できない。タイトルの「Bye-Bye」も今となっては本当にバイバイになってしまったので最初からもう終わらせるつもりだったのではないかと思えてしまうところがある。

一応これでバイバイではない、という意味の曲にはなっている。卒業ソングとして適用させることもできたが、発売が卒業シーズン終了後どころか5月病真っ盛りな時期で別の意味で新生活からバイバイしたくなるような時期にこれを聞くと少しきついものがある。

楽曲自体は普通にいい曲。メインボーカルが2人になったとはいえ主に平メロを分け合っている程度しかケディの歌声をハッキリ聞くことはできない。そしてそのケディの歌唱が…。ビビアンでもまだカタコトだったのにいきなり日本に来たケディは日本語もほとんど喋れなかったため、歌でさえ超絶カタコトでかなり不自然だった。

新たな試みとしてサビでは主メロをビビアン、そのオクターブ下で南々見、ハモリをケディ、そのオクターブ下で天山、とよりハーモニーを生かした編成にしたことだが、正直そんなハーモニーを堪能したいなんていう需要はそんなになかったと思うし、実際のところほとんどハーモニーが聞こえない…。当時思っていたのはケディカタコトすぎんだろというのと、サビ全部ビビアンじゃね?というのと正直前の3作に比べてパッとしないな…という率直な印象だけだった。

シングル盤はお値段そのままに今回はカラオケトラック(2曲目)の後に3トラック目が存在し、30秒ほど待っていると北京語バージョンが聞ける。日本語ではカタコト全開だったケディが実に流暢に歌っているのが印象的。

一応同時発売のアルバムにそのまま収録するのもどうかという事になったのか、この曲のみALBUM VERSIONとされているが全く違うといっていいほどの違いは無い。1番分かりやすいのは最後のサビ部分で演奏が消えてボーカルのみになるところだろうか。前述の4人によるハーモニーはオケにかき消されてほとんどビビアンメインボーカルとオクターブ下の南々見らしき声とあとなんか被さって聞こえる程度にしか聞こえないという弱点があったが、この部分では4人がハーモニーしていたのをしっかりと聞くことができる。その点をより鮮明にさせたかったのでこういう処理を施したのかも。
★★★☆☆
シングルバージョンアルバム未収録
1stアルバム『LIFE』(ALBUM VERSION)

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