槇原敬之

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槇原敬之 35周年シングル回顧6+~Buppu時代 2011-2025~

1つのレコード会社に留まらず、数年おきに移籍を繰り返すという落ち着きの無さからけっこう気難しい人なのかなぁ…というイメージが芽生えていく中、ここでついに自主レーベルBuppuを設立。既に第一次ワーナーの頃に事務所は個人事務所を設立、2005...
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槇原敬之 35周年シングル回顧5+~J-more時代 2007-2010~

2006年秋のシングルとライブDVDが発売中止になったと思ったら移籍の準備に入っていたようで2007年にエイベックスJ-moreレーベルへ移籍を発表。エイベックスのメインレーベルではなく2004年発足の新しいレーベルで品番もYICDであった...
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槇原敬之 35周年シングル回顧4+~EMI時代 2004-2006~

2003年6月のシングル『Good Morning!』を最後に新作リリースが無かったが、2004年に東芝EMIへの移籍を発表すると2004年4月より新作リリースが始まった。「僕が一番欲しかったもの」が久々のトップ10ヒットを記録したタイミン...
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槇原敬之 35周年シングル回顧3+~第二次ワーナー時代 2000-2003~

1999年8月26日の逮捕でツアー中止、CD回収となり活動休止。裁判では懲役1年6ヶ月執行猶予3年となった。坂本龍一からの厚意で年末のコンサートにゲストで歌いに来ないかとメールで誘われ、スタッフやファンからも批判の声があったが、槇原本人は自...
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槇原敬之 35周年シングル回顧2+~ソニー時代 1997-1999~

1997年からはソニーへ移籍。当初はメインレーベルのSony Recordsだったが、1998年に派生レーベルSMEが発足し、そちらへ移動となった(この当時はまだSME独自品番SECLを使用していないので品番はSRCLのまま)。ソニーではシ...
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槇原敬之 35周年シングル回顧1+~第一次ワーナー時代 1990-1996~

槇原敬之はデビュー前から作詞作曲編曲までこなして本格的な楽曲制作をしており、録音機材を持っていた友人の沢田知久(後に彼もプロのエンジニアになり1996年頃~2002年頃までエンジニアとしても関与、しばらく離れていたが2度目の逮捕を経た202...
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