1st 硝子の少年

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1st 硝子の少年

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1997年7月21日
作詞:松本隆、作編曲:山下達郎
前述4曲を含んだ『A album』と同時発売1曲+カラオケで500円。初回盤は2作がセットになった仕様で今作もマキシケース(CDは8センチ)で2作を縦に並べた卓上カレンダー付。この初回盤はシングルとアルバムを別々に会計・集計するよう指示されていた事もありシングルとアルバムの売上枚数が当初はほぼ同じで推移、初回盤が売り切れて今作の通常盤(8センチジャケット)と別々に販売されるようになってからはアルバムが100万ちょっとに対して今作は180万枚近くまで売上を伸ばした。最大のヒット作。当時DEENのみが達成していた1stシングル、1stアルバムのミリオンの史上2組目達成者となった(同時発売なので最速達成記録)。当時のJニーズでのミリオンは1980年の近藤真彦『スニーカーぶる〜す』1作のみで、全盛期の光GENJIも当時絶頂期に達していたと思われたSMAPも80万台が限界、90万枚以上に壁があったため偉大なる快挙だった。2007年にCDもマキシ化されて再発された。

松本隆と山下達郎によるデビュー曲候補制作としては既に「Kissからはじまるミステリー」と未発売の「ジェットコースター・ロマンス」が存在し、「ジェットコースター・ロマンス」で決まりかけていたがこれでは要望通りのミリオンには行かないと判断した山下達郎はもう1週間要求して「硝子の少年」を書き下ろしたという。ミリオンをマストとして依頼するならそれこそ単純に当時のミリオンヒットメーカーである小室哲哉に依頼するなら分かるが、山下達郎にミリオンヒットを要求するJニー氏も凄い。一定の固定リスナーとポジションは築いていたとはいえ特に当時既にシングル単位での大きなヒットは無く、「クリスマス・イブ」というミリオンヒットの実績、近藤真彦への過去の提供(「ハイティーン・ブギ」「永遠に秘密さ」)のうち、「ハイティーン・ブギ」が4番ヒットになった事はあっても、いずれも過去の話となっていて、1990年代半ばを過ぎてミリオンヒットするような曲という要求はなかなかできる事ではない。

確かに苦労しただけあってひと味違う楽曲で独特の哀愁が漂い、アイドルのデビュー曲っぽくはないんだけど長く歌い続けられる曲になったように思う。当時はそのまま新鮮で良かったし、大人になって硝子の少年時代が遠い過去になってもそれはそれで違った味わいが生じるし(歌い方もだいぶ違うし)、先々を見据えて山下達郎、そして松本隆といった当時既にベテランの作家に依頼したJニー氏の慧眼は確かだったのだろう。

山下達郎の歌唱したデモボーカルバージョンは2012年のベスト盤『OPUS ALL TIME BEST 1975-2012』初回盤ボーナスディスクに収録されている。これは当時渡したデモ音源そのものではなく、完成品のカラオケにデモボーカルを乗せてリミックスしたものとされる。
★★★★☆
2ndアルバム『B album
1stベスト『KinKi Single Selection
3rdベスト『39
5thベスト『The BEST
公式通販予約限定ベスト『39 Very much』

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