21年10月25日発売。
2度目の逮捕からの復帰アルバム『宜候』に合わせて発売された。
著者は小貫信昭。2020年に『Mr.Children 道標の歌』の著者でもあり、小貫信昭の槇原本は2002年の『うたう槇原敬之』に続く2冊目となる。2012年の『EARLY 7 ALBUMS』内のブックレットインタビューを担当していたのも小貫信昭であり、ミスチル同様に槇原の公式ライター的な存在の人でもある。
事務所監修だった『地球音楽ライブラリー 槇原敬之』はデータ本だったため、インタビューを軸にヒストリーで構成された本としては松野ひと実による『槇原敬之の本。』(2004年)以来の書籍と思われる。
「キャリア史上最大の独白」?
そんなキャッチがドーンと出ているのでかなり深い話をしているのかと思ったが、全体には『Mr.Children 道標の歌』同様に全体のヒストリーをピックアップした楽曲のエピソードを軸に本人コメントを交えつつもあくまで著者目線でまとめていくという内容。正直なところ確かに色々な曲について語ってはいるけど、最大の独白ではないんじゃないかなぁと思う。
というのも松野ひと実による2004年の『槇原敬之の本。』では語っていたが、今作ではカットされた事柄も多く、特にプライベートな事や1度目の逮捕で何を思ったかなどはほとんどなくなっている。有名な「三人」のエピソードも端折り気味で、あくまで曲を軸にしてミュージシャンとしての創作活動に関する部分にだけ恐らく意図的に絞っているっぽい。
なお「MILK」が生まれたエピソードで語られているその時一緒にいた“ライターの友人”というのがまさに松野ひと実なので、この辺りの話含めて『槇原敬之の本。』の方が当事者感があるほか、もう少し槇原本人の心情に寄り添う形で文章が構成されていたので、槇原敬之の人物像や考え方がストレートに伝わってくる内容だった。松野さんが槇原に寄り添うように文章を紡いでいたのに対して、小貫さんは淡々とまとめていく。本人コメントも前に比べてどうも感情を隠しているというか必要な事、楽曲の事以外は触れたくないかのようで率直に『槇原敬之の本。』に比べるとこの本では槇原敬之に対して随分と距離を感じた。
例えば『槇原敬之の本。』では友人に酷い裏切りを受けたエピソードや、一緒に逮捕された元パートナー氏ではないそれより前の事務所社長が横領していたことが発覚し、周囲はなあなあで済ませた方がいいと助言したが信念に基づいて告発しただとか、逮捕からの復帰直後だったこともあってか深い反省やもう迷わない、正しさを追求するようになった毅然たる態度を感じさせる部分も書かれていたが今作ではこういった人間関係にまつわる話がカットされている。
今回は逮捕2度目なのもあってか、1回目の逮捕以降の考えの変化も仏教を学ぶようになって仏教の教えを曲に反映させるようになった、「世界に一つだけの花」もその流れの1曲だとして、事件の反省よりも仏教押しで構成されている。『EARLY 7 ALBUMS』の頃は”神様押し”だったが(『EARLY 7 ALBUMS』のインタビューの時は曲が書けなくなって「MILK」で復活したエピソードが神様のおかげごり押しになっててあれ?ってなったが今回は同じ話でも神様神様してない)、同じエピソードでも年月を経て語り方が変わっていくな…。
避けては通れない2020年の2度目の逮捕は…
2度目の逮捕をどう取り上げているのか、あれはどういう事件だったのかはどう処理するのかと思ったが結果的にはほとんど何も書かれていない。
『Design & Reason』まで取り上げた次の章では『The Best of Listen To The Music』も全く触れずに今年発表された復帰声明文にまですっ飛ばされてしまい、それだけ。すぐにアルバム『宜候』の詳細解説になってしまう。事実上『宜候』の公式ライナーであり、恐らく復帰作であるこのアルバムでのメディア出演はまだ限定的で、インタビュー等で今作について語る機会も無い。これが唯一の公式のアルバムインタビューとなると思われ、貴重なセルフライナーと言えば貴重だが…。
逮捕についての唯一の説明は
その当時はもうすでに薬もぜんぜんやってなかったし、そのなかでの逮捕となったので、自分の心が自分のことをいちばんわかっていた
ほぼこれだけである。当時の報道にも少しあったようにどうも現役バリバリで使用していて捕まったのではなく随分前にやっていたのが数年遅れで逮捕になったようだが、前社長逮捕時の捜査線にも浮上していたのに証拠が不十分で逮捕できなかっただろうに何故今逮捕に踏み切ったのかはよく分からないみたいな感じで、何故今?感のある逮捕劇ではあったように記憶している。
逮捕時点で本人にとっても既に過去になっていたのは確かなようだ。本人の中で自己完結してしまっているようでそれを説明する気は全くないようでさらっとこの話は終わってしまう。公式YouTubeにアップされたアルバム解説ではさすがに冒頭で改めて謝罪と反省の言葉を口にしているが、まさか「キャリア史上最大の独白」と銘打って気になるファンが購入して読んでいる本の中で何の説明もせずに、公式声明文を載せただけで読者を置いてけぼりにするとは思わずこれにはかなり驚いた。本人もう前を向いているのかもしれないが、これはちょっといかんでしょう。
いつ薬を再度やっていたのか、何故また手を出したのかという読者が思う当然の疑問には答える気が無い。そうなってくると当然1度目の逮捕時に一緒に捕まり、いつの間にか社長にまでしていた元パートナー氏(『槇原敬之の本。』が出た時はギリギリ社長として名前は出ていなかった)との関係、彼をクビにした途端に彼が逮捕されたことに始まり、彼との関係を説明する必要も生じてしまうがそこまで話したくはないのかとは思う。『槇原敬之の本。』で触れていた裏切られたとか社長が横領してたとかちょっとした人間関係のトラブル系の話がほとんどカットされているのは、そもそもに『槇原敬之の本。』の後に氏を個人事務所社長にまでしてしまったことで氏は最早”公私”の”私”の存在ではなく、クレジットにExcutive Producerとして名前が毎回載る”公”な存在になってしまっていた。氏が解任されたら途端に薬で捕まったのも明らかになってしまっている以上は『槇原敬之の本。』みたいな構成の本にしてしまうとなんか色々トラブルとかも語っているのに氏についてだけ触れてねーな…と不自然になってしまうのでそれを避けるためというのもありそうだ。
99年一緒に捕まった2人が結局また一緒に堕ちていったという事だったのかとは思ってしまうが何一つ説明されないので憶測どころか妄想にしかならない。
「宜候」でのさよなら連発に対して聞かれて、警察沙汰についてももうさよならだという意味合いもあるが、長く関わってきた人の中にはもういいかなという人もいて今度こそさよならという意味もあるし色々な意味が込めらているとコメント。これこそが元パートナー氏へのさよなら宣言という事ではあるのかもしれないがどうもそれだけではない。本の中でも東京を離れたと話しているが、同時期に出たゴシップ系の記事でも都内の自宅を売り払った事が報じられていて、ついでに裁判時にも存在に触れて今は幸せだと証言したという元社長と別れた後に付き合っていたとされる新パートナーとも既に別れていて現在は1人だとまで報じられていてサヨナラを告げている人たちが誰なのかはなんだか良く分からないことに…。もう全部清算して1人(と犬たち)で愚直に音楽を作って暮らしていくということなのか。
これ以外にも「虹色の未来」についてLGBTを思わせるのでそう思う人がいるかもしれないしそれで構わないとも前置きした上で「世界に一つだけの花」との類似性を強調してもっと広い意味合いがあるように別の意図を説明。ここでも自身の志向には踏み込まずにあくまで広い考えとして言葉を選んでいて、自身が当事者として矢面に立つのは避けたいし、今後も明言は絶対にしないというスタンスが感じられた。「軒下のモンスター」についても触れているがやはり当事者としては踏み込まず、文章でもかなり気を遣って書かれていた印象。
この辺りのスタンス含めて、プライベートはこれ以上は語らない、あくまで楽曲だけ、主張も限定したものではなくもっと広いものだという徹底した意志が感じられる一方で、どうもそういった姿勢が全体に温かみを欠くのに繋がってしまっていて、『槇原敬之の本。』で感じた人間味のある人物像とは違って妙に淡々とした人物像に感じられた。これは著者の書き方の差による部分も大きいかもしれないし、『槇原敬之の本。』では逮捕からの復帰と当時傾倒していた真理を歌っていくという方向性から割とこうありたいという姿勢が比較的一直線に提示されていたので人物像も読み取りやすかったんだけど、今作では『槇原敬之の本。』よりも明らかに自分のことを語らずに淡々としているからなぁ…。
いずれにせよ「キャリア史上最大の独白」というのはちょっと言葉としてはズルい感じがする。ASKAみたいになんでも語りまくるとまでは思わないけど、やはりこういう書き方をすれば何故事件を起こしたのかの説明や経緯はもう少し触れるのかと思う。曲については丁寧に語っているので「歌の履歴書」というタイトルは実に的確だけど、「キャリア史上最大の独白」のキャッチは釣りだと思った。
まあ正直なところ、ゴシップ的な話にはさほど関心は無いし、誰と付き合っていようとも興味は無く、良い曲が聞ければそれでいいのだけど、公私混同な気がする社長採用の件はずっと懸念事項ではあった。それでも社会復帰の機会を提供していたと考えればまあ…とも思っていたが20年後に時間差で再逮捕とこのような結末になった以上結局ダメじゃんかとは思ったし、さすがに何度も捕まられるとショックではあるし、あんだけ反省して真理を歌いまくっていいて一時期は意固地なまでに正しさを主張しまくっていたのに何故また手を出したのか?とは思うわけで。その何故に対する回答も反省も前回と違ってほとんど書かれていないのはどうしても気になった。
楽曲主体とはいえ、そこまで踏み込みは深くないし、『Mr.Children 道標の歌』もそうだったけどこの著者の場合は公式付属ライナーとしては優秀だけど独立した1冊の本として出すには誤解を招かないように招きたくないところだけ妙に強調するとか(ミスチルの場合は小林武史と不仲になったわけでは無い事を謎に強調しまくって逆に何かあんの?と思わせる箇所があった)、無難に整理しすぎるスタイルなのも相まって肝心な事がないようなそんな1冊だった。
先にも少し触れたが間違っても「キャリア史上最大の独白」につられてASKAの独白しすぎな『700番』みたいな本を想定して手に取ってはいけない。
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