ZARD/坂井泉水~forever you~

2020年5月2日(Musing限定)
2020年7月8日(一般発売)

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2019年10月に発売された『永遠 君と僕との間に』に続くZARDオフィシャルブック。今回は総勢25名の関係者インタビュー集として構成されている。

当初Musing限定で発売されていたが、2ヶ月遅れで一般発売された。

発売告知時は買う予定は無かったんだけど2020年5月、真面目に自粛してほとんど家にこもっていてあまりに暇だったので注文。感想書いたと思ったら書いてなかったので1年近く遅れて改めて。




『永遠 君と僕との間に』は没後間もなく発売された『きっと忘れない』の完全版とされていたが似ても似つかない割と別の読み物に変貌していた。具体的には『きっと忘れない』にはあった織田哲郎にまつわるエピソードを削除、長戸大幸のコメントを大量増加、『きっと忘れない』では全く触れられなかった大黒摩季のエピソード大量増加…といった具合に会社との関係や方針が年月を経て変化した部分が如実に出ていたが、今作も基本はその方針に基づいている。

構成は1人1人にインタビュアーが質問してその回答という形式になっているが、序文(とあとがき)で長戸大幸の功績を長々と解説しているのは文章からお察しのように『BEST OF BEST 1000』、『Request Best~beautiful memory~』で突如織田批判を繰り出してファンから戸惑いと反感を買い、その後も事実関係間違いだらけの文章をよく執筆しているのと同じライター。インタビュアーは別のライターが担当しているので本文大半は読みやすくなっていたのは安心。

回答者は当時のスタッフと制作関係者だが、現在もビーイングGIZA所属か近い立場にいる存在でないと呼ばれておらず、必然的に没後や追悼ライブ関係者など直近で関わっているが生前はほとんど関わっていない人まで混ざっている。最重要制作者である織田哲郎、栗林誠一郎、明石昌夫、ほとんどクレジットされなかったが当時大半のギターを担当していたと思われる鈴木英俊ビーイングと関係を絶っている人たちは呼ばれていない。ただ退社したら関わっていないわけではなく小松久のように呼ばれているスタッフもいる。90年代前半のメインの作編曲者やギター弾いてた人が不参加なのでその頃の話はずっと関わっていたエンジニアの話で補完し、GIZA以降の面々が多いので00年代の話がちょっと多めになっている印象。

各々の裏話はどれも興味深いものが多いが、全体通して残るのは『永遠 君と僕との間に』同様に長戸プロデューサー押しまくるなという事。凄まじく素晴らしいプロデュースをしていたのは確かなんだろうけど、もうすっかり引退などせずにずっと活動していた事になっていて、GIZA勢は誰もがデビュー前はKANONJI氏ではなく長戸プロデューサーに見出されたとか指導を受けて曲作りしていたと普通に語っている。

またGIZA勢はほとんどの面々は坂井泉水と会ったエピソードを聞かれると、長戸大幸に呼び出されて行ったら女性が一緒にいてそれが坂井さんだった、スタジオで仕事していたら急に長戸大幸がやってきて坂井泉水を連れてきたなどと次々に証言。当然04年のツアーでも長戸さんから坂井さんの意向を聞いたとか、終始坂井さんの隣かバックには長戸大幸あり…といったような状態。

一応90年代半ばに耳が悪くなって引退、会社名義のプロデュースになって一線を退き(織田哲郎は引退すると長戸大幸に直接言われたと証言、だから相川七瀬は新社長の元に話を持ち掛けたがやらないと言われたので手を挙げたエイベックスと組んだと説明している)、ZARDも96年からは坂井泉水のセルフプロデュースとなった。以後は基本的に坂井泉水がある程度仕切っていたと思われていたが、90年代後半~00年代に至るまで常に坂井&長戸が二人三脚状態で制作を進めていたという証言がこれほど出てくるという事は本当にそうだったという事だろう。

それでもProduced by IZUMI SAKAIとして生前はずっとやっていたわけで、しかもセルフ以降は一切名前も姿も見せずにに徹していたのにここに来てこんなに自ら&周囲にも証言させまくる形でZARDをずっとプロデュースし続けていたとアピールしまくるのはやはり突然奇妙な感じではある。70歳を越えて今度こそ本当にキャリアの終盤を意識するようになった事でもっと名前を出したいと考えが変わったのだろうか。

結局みんな坂井泉水には1回2回しか会っていなくて、指示を出していた長戸大幸の方が会っている回数が多いので制作の話になると長戸さんが…長戸さんが…と長戸さんとのやり取りの話ばかりになってしまうのは必然か。没後すぐの『きっと忘れない』の時は、長戸大幸は初期はよくスタジオにも来ていたが多忙になったので来なくなり出来たものをジャッジだけするようになったとか一応坂井泉水セルフプロデュースになったという設定に基づいて徐々にそこまでつきっきりではなくなっていったかのようにまとめていたので、明らかに『永遠 君と僕との間に』とこの本で長戸大幸の扱いを大きく変えてきたな~と思った。

当時プロデューサーとしての能力が凄い人だったのは分かるんだけど、あまりに凄すぎるせいか結局ZARDの本なのに長戸大幸のプロデュースワークが凄かったという印象ばかり先行してしまい、肝心の坂井泉水の印象が弱まってしまうのはちょっとどうなのか…。もちろん坂井泉水のこだわりや音楽に向かう姿勢もちゃんと取り上げてはいるんだけど、このZARD30周年の一連の展開ではそれ以上に長戸大幸スゲーエピソードの圧がスゲーのよ。

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