Kiroro 20周年シングル回顧~1998-2015~

地元沖縄の高校時代に結成され、96年にインディーズデビュー。98年にメジャーデビューを果たした。ボーカルとピアノの2人組なので一般的にボーカル玉城が作詞、ピアノ金城が主に作曲をしているように思われがちだが、メインライターはボーカルの玉城千春で作詞作曲を1人でこなしていた。これは玉城が自身で弾き語りをするほどの楽器演奏ができず、譜面もちゃんとしたものがあまり書けなかった事、金城綾乃がピアノを弾けて玉城のめちゃくちゃな譜面でも解読して伴奏をつけることができたためだったようだ。またデビュー以降は金城も玉城に並ぶほどではないが曲を書くようになり、2人の共作や金城のA面採用、ソロアルバム制作なども行われている。

1stシングルがロングヒットの末にミリオン、2ndもヒットして1stアルバムもミリオンを達成し、当時DEENとKinKi Kidsしか達成していなかった「1stシングルと1stアルバムでのミリオン突破」をO社史上3組目の達成者となる。以降宇多田ヒカル、倉木麻衣、CHEMISTRYもこれを達成している。

ただ2年目以降はブーム的な人気が急速に去り、トップ10ヒットからも遠ざかるようになった。朝ドラ主題歌で01年に「Best Friend」で再ブレイクを果たすも以降は再度低迷。05年にはメンバー2人の相次ぐ妊娠出産により産休へ突入。08~09年に一時的にシングル2枚をリリースするも更なる妊娠出産ラッシュで結局3人ずつ子供を産んで子育てが忙しくなってしまったのでかなり長期にわたる休止状態となった。

2011年に先に産休を終えた玉城がソロデビューを果たしたがシングル1枚、アルバム1枚で終了。元々金城の準備が出来たらKiroroを再開するとしていたので継続的なソロ活動ではなかったようだ。またこの際のインタビューでは産休後に喉を壊してしまい歌えなくなっていたが回復したという旨を告白していた。単に産休に次ぐ産休で活動できなかったわけではないらしい。やがてKiroroもライブ活動を再開したが、新作制作には長く至ることができなかった。2015年にはHYの仲宗根泉と「さんご」を結成したがこれも1発限りの企画で終了。

2016年には親子向けベストアルバムという新しい切り口で『子供といっしょにききたいキロロのうた』をリリースし、久々の新曲も収録された。そして20周年を迎える2018年1月ついに12年2ヶ月ぶりのオリジナルアルバム『アイハベル』がリリースされる。 「Kiroro 20周年シングル回顧~1998-2015~」の続きを読む…

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