RAG FAIR シングル回顧~2002-2009~

お笑いトリオ、ネプチューンの冠番組『力の限りゴーゴゴー!!』内で素人のアカペラグループを集めて大会を開く「ハモネプ」コーナーが人気を博し、01~02年にブーム的な人気となった。番組からはいくつかのアカペラグループがメジャーデビューを果たしてトップ10級の売上も記録した。

ハモネプの流れの中で最も人気と知名度を獲得したのがRAG FAIRだった。実際にはRAG FAIRはハモネプの大会には出場しておらず、90年代末期に大学サークルの延長で結成された番組時点で既に数年の活動歴を持つグループであった。メンバーのおっくんがレプリカというグループにアカペラを教えていたところを番組関係者に見込まれてレプリカとして出演して活躍。このTV出演を機におっくんのボイパの凄さが視聴者をざわつかせ、おっくんの本所属グループであるRAG FAIRもゲストとして出演。コーラスグループというより最早アカペラバンドと形容すべきパフォーマンスが評価され、番組との縁も一気に深くなり、当時音楽活動もしていたネプチューンのシングル「イッショウケンメイ。」のC/Wに収録されたアカペラバージョンのアレンジをRAG FAIR名義で担当。そのまま一気にメジャーデビューとなった。

中央に立つメインボーカルの土屋礼央はグラサンにファーというチャラい格好でノリも良く、他のメンバーも全体にウェーイ大学サークルノリを色濃くイメージさせるようなザ・大学サークル上がりみたいな風貌だったが、前述のように結成は90年代末期でその頃既に20代半ばになっていて、就職のために脱退したメンバーも既にいた。実際デビュー直後にもベースボーカル担当の高久陽介が脱退、数年前に就職のために脱退していた加納孝政が会社を辞めて再加入するといったメンバーチェンジもあった。

アカペラという武器でのし上がった彼らが実力派だったことは間違いないが、チャラい風貌はTVタレント的なインパクトはあっても同時にイロモノに見られがちで、アカペラ自体もTVの企画モノとしての一過性のブームとして急速に消費された事もあって、2002年には27時間テレビ内でも大々的にハモネプの大会を開催したのが完全にピークになって、番組も終わってしまった。ハモネプ大会の特番は不定期放送として残ったものの、ブームが終わってしまうとRAG FAIR以外のアカペラグループは後のヒットが続かず、最も人気を得ていたRAG FAIRも出すたびに下げ止まらずにファン層を拡大することはできなかった。

個人的にもブームに乗ったチャラい大学サークルノリの連中という偏見が当初あったのでまともに耳に入れていなかったが、土屋のグラサン&ファースタイルも徐々に落ち着いていき(ファーのイメージが強いがファーをしていたのは何気に4thまで、グラサンもメジャー末期の頃にはメガネになった)、楽曲自体も実力派コーラスグループの側面を強く打ち出し始めた辺りから、実はポップスグループとして凄い人たちなんじゃないかと考え直して聞くようになった。

残念ながらそのように見直して聞き始めるリスナーがほとんどいなかったようで2009年を最後に新作リリースが停止、2011年に活動を休止2012年末にはライブ活動を再開したものの、たま~のライブ中心の活動となり、新曲は会場限定や通販限定など販路が限られたものが2作出た程度。やがて2013年加納孝政が再脱退2019年おっくんこと奥村政佳が政治家を目指すとして脱退。直後の参議院選挙に出馬したが、落選した。政治家への強い決意を語っていたものの、RAG FAIR初期の知名度に頼った「ボイパのおっくん」を自称してボイパを披露しまくったので、元ファンには結局それ(ボイパ)で行くんかい…と幻滅され、知らない人には突然プシプシ言い始めるこの候補者なんなん?軽すぎね?と映ったのでは…

現在のメンバーは土屋礼央、引地洋輔、荒井健一、加藤慶之の4人だけ、しかもリズム隊2人が相次いで抜けてしまったので、ハーモニーのみのコーラスグループ状態となっている。奥村脱退時の土屋のコメントでは過去に解散の言葉が出たことがあるが、解散をするのを辞め、一生RAG FAIRでいる事を決めた、それぞれの人生を尊重し、全員のタイミングがあった時がいつでもRAG FAIRなんだというスタンスで活動していると語っていた。なので今後も解散することは無いと思われるが、大々的に活動を展開することももうないと思われる。

そんなわけでメジャーでの最後のシングルから早10周年。19枚のシングルを改めて振り返る。

2019.7執筆

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