小室哲哉プロデュースのブームの末期に突入していた98年、安室奈美恵は産休に突入して年末に復帰、華原朋美は小室との関係が急速に悪化して下手にしか歌えないような怪作を連発、globeがシングル4連続リリースを決行して、無謀なレコード大賞受賞へ向かう中で、新たな小室プロデュースがデビューした。
それが未来玲可である。
当時14歳の中学生として彗星のごとく出現し、いきなり月9主題歌に起用されるという破格の超大型新人扱いで、いきなり30万枚のヒットを記録した。
既に98年になってからの小室プロデュースはシングルでのミリオンヒットどころか50万程度がやっとだったし、月9自体も97年はどれも大ヒットしてブランドを確立していたが、98年になると初回だけ注目されてそこそこの視聴率をたたき出すが2回目以降は低迷して終わるのがパターンになってきていたのでさほどヒットしておらず、30万枚は98年当時において大ヒットではないが中ヒットくらいではあった。またトップ10に4週連続でランクインしたのもあって数字以上に98年末に流行っていた感覚もあった。
一体小室哲哉はどこで彼女を発掘してきたのか、そもそも小室哲哉が発掘したのかすら特に語られなかったし、名前もまあ普通に芸名っぽいしで存在が謎に包まれていたものの、全く表舞台に登場しなかったわけでもなく普通に「ミュージックステーション」に出演して生歌唱も披露した。
しかし終始緊張により若干泣きそうな表情で声が上ずり、曲が進むごとに上ずる回数も増えて声がヘロヘロになっていった。どうやら鋼の心臓を持つ度胸の据わった少女というわけではなく、ごく普通の14歳だったようでいきなりのTV生歌唱という途方もない緊張を考えれば当然ともいえる状況だったのかもしれない。当時視聴者に与えた衝撃は多く、ネットが発達していた時代では無かったのでリアルタイムで語られた出来事ではないにも関わらず現在も引退理由として“Mステでの失敗で自信を喪失した”と筆頭に挙げられてしまうくらいMステ出演の衝撃は伝説として細々と語り継がれているほどである。
結局このMステ出演は夢か幻か、12月に2ndシングル発売予定とCDショップの案内告知も出ていたがそのまま延期・中止になり、やがて3月になってひっそりとアルバムが発売されたがこの際の本人稼働は無くそのまま消息不明となった。
しかもこのアルバム、小室と久保こーじの連名プロデュースであったにもかかわらず小室は一切曲を書き下ろさず、内田有紀に書いた曲をカバーさせた以外は他作家へ全面丸投げ。鈴木あみの1stで見られたように小室が曲を書かない場合、アルバム曲をMARCや前田たかひろが歌詞を書いて久保こーじが作編曲を担う事で仕上げるケースもあったが、なんと久保こーじでさえ1曲書いただけ(C/W含めて2曲)。MARCは6曲の作詞に関与したがそれ以外は外部作家に丸投げしてしまう始末であった(1曲だけTMNの木根尚登の作曲はある)。小室プロデュースなのに小室が一切新曲を書き下ろさなかったというのも前代未聞だが、久保こーじでさえも…となればもう後にも先にも例が無かったのではないか…。
このように「海とあなたの物語」1発屋というか1発しか出さずに消えてしまった謎の人となった未来玲可。”あの人は今”みたいな特集で扱われたという話も聞かないし、未だにウィキペディアにも引退理由が噂レベルのものが列挙されているだけという不確かさだがそれだけ情報が無いままに一瞬で消えてしまったのである。現在は配信でも出ておらずCDも廃盤なので中古でたまに見かけるくらいしかお目にかかれない。
そんなわけで史上最短、たった1回ポッキリで終わるシングル回顧、始まって今日で最終回。
海とあなたの物語
98年11月4日
14歳の中学生というプロフィールは紹介されていたが逆にそれだけしか判明していない。当時移行が始まっていた薄型マキシシングルケースでの発売。ジャケットの人がTV出演を実際に果たしているので確かに本人だった模様。
月9ドラマ『じんべえ』主題歌。松たか子と田村正和の血の繋がらない親子の不思議なラブストーリー風味のドラマだったが本格的に親子で本格的に愛し合うというヤバい系の話ではなく、あだち充が原作なので「タッチ」「H2」など代表作から想像されるような健全な内容であくまで親子の関係を大事にしつつも恋愛っぽい風味も交えつつといった内容のドラマだった。3番手としてSMAP草彅剛が出ていて松たか子の恋人候補役となったが松たか子と田村正和の強力な関係の前にあくまで3番手として物語から退場していく役回りだった。草彅は前年にSMAPで最も遅い連ドラ初主演を果たして既に3本の主演を担当していたが、今作が主演ではない脇での連ドラ出演としては最後となったので今にしてみれば貴重だった。
ドラマは初回20%越えから15%前後で推移してさほど盛り上がらなかったが主題歌である今作は初登場7位から4週トップ10に居座ってヒットした。なお7位より上に行く事は無かったが、この4週の間に7~10位を全てコンプリートしている。
海とあなたの物語
作詞:TK&Marc、作編曲:小室哲哉
この時期の華原朋美への壊れっぷり、globeでの実験作っぷりからするとヒットメイカー小室哲哉が小室哲哉らしい楽曲で直球勝負のようなザ・小室なヒットソング。繰り返しのメロディーと不思議な切なさを併せ持った歌声はとてもインパクトがあって1発で耳に残るキャッチーさがある。
けっこう同じパートを繰り返しまくるだけなので、小室的にはもしかしたら何ら新しさのない今までの模倣のような形で作った手抜きだったのかもしれないし、実際未来玲可が残した10曲のうち小室が書き下ろしたのは今作1曲ポッキリだったのであまり本気でプロデュースしていたわけでもなかったっぽいが、いずれにせよ翌99年以降は複雑な曲ばかりでいよいよヒット曲から離れていくし、以降このような1発で耳に残るような楽曲を生み出すことも無くなっただけに、個人的には小室ブーム最後にして最大の名曲としてglobeの「Perfume of Love」と肩を並べる思い出の1曲になっている。当時をリアルタイムで経験した者であれば、ちょっと聞いただけであーこんな曲あったよねととても懐かしさを感じるようなそんなヒット曲だったと思う。
ただこのボーカルに関してはかなり加工して声を作っていたのか前述のようにTV出演では緊張で再現できていなかったし、アルバムで聞ける他の曲でのボーカルスタイルは少々異なる素朴な少女らしい歌声であり、結果的に今作のボーカルスタイルは今作唯一であった。それだけ素の彼女のボーカルから離れていた時点でもう継続しての活動に無理があったのかもしれないが、しかし一体どこから連れてきた人材だったのか…。鈴木あみに少し似ている声でもあって決してうまいものではなかったが、でもこの曲を輝かせたのはこの声しかなかったと思うし、逆にこの声が本当にハマったのはこの曲だけだったともいえるかもしれない。
★★★★★
アルバム『海とあなたの物語たち』
C/W 夢をつかまえた人
作詞作曲編曲:久保こーじ
妙にアゲアゲなデジタルポップナンバー。ていうか誰だこれ?同じ人なの?というくらい作風も歌い方も違っているし、ノリノリな勢いにボーカルがついていけてない感じもするしで、何故C/Wにこういう曲を持ってきたのか謎すぎる。まあ小室プロデュースで普通のC/Wがあるだけでもけっこう異例だったりはするが(大体リミックスだったし)…。ボーカルにギリギリ感が漂うが、今作でもだいぶ補正されている感じがする。
アルバムを聞くとこういう系統の曲も残り8曲の中には特にない。もっと素朴な中学生らしい拙い歌声の曲ばかり。小室と久保に後を託された作家陣があまりに素朴なボーカルすぎてどうしようもなく、「海とあなたの物語」みたいに声を作りこむ手間をかけるほどの余裕も無かったのでそのままにしたのかは不明だが、いずれにせよなんだか素朴な14歳の少女の歌を聞きたければ『海とあなたの物語たち』を!タイトル通りに「海とあなたの物語」と「たち」という印象は否めないが、「海とあなたの物語」とMステの印象だけでは見えなかった未来玲可の謎に少しだけ迫る事ができる…かもしれない。
★★★☆☆
アルバム『海とあなたの物語たち』(Album Mix)
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