3rd SUMMER of LOVE

SUMMER of LOVE
03年7月23日
前作ではコーラスで後輩が大量参加したが、今作では杏子・山崎まさよし・スガシカオ・COIL・元ちとせまでの参加となっていて、当時ブレイクしていたスキマスイッチも参加していない。C/Wにオリジナルの新曲が収録されている唯一の作品。

SUMMER of LOVE

作詞:谷穂ちろる、作曲:佐藤洋介、編曲:間宮工

杏子、山崎まさよし、スガシカオ、COIL、元ちとせ

今作ではVocalは杏子 with 山崎まさよし。後は全員コーラス扱い。基本的に杏子メインだが山崎まさよしがAメロ部分でリードボーカルを取るなど、一部ツインボーカルのような編成になっている。ギターベースドラム+シタールというシンプルな演奏スタイルだが、シタールが独特の雰囲気を醸し出していて少し長いアウトロ部分で特に不思議な余韻を残す。基本的には野外ライブを盛り上げるのを念頭に置いたようなガツンとしたロックナンバー。

60年代のロックスターがテーマになっているのか歌詞の内容はイマイチよく分からないが”マナツ ノ ヨル ノ ユメ ロック・スターが空を翔ける”と歌われればなんだかとってもロックスターっぽい。ていうかサビ頭がオールカタカナ表記だったり、“クラッピョハン”“ワンサゲン”など英語だと思ってたらまさかのカタカナ読みで掲載されていたりと歌詞を見ないと分からないオモシロポイントがあったりする。恐らくClap Your HandOnce Againの事だと思われるが、ストリーミングやら配信ではますます歌詞を目にする機会が減っている昨今だが、歌詞を文字で見ると時々こういう思ってたのと違う表現がされていて面白いぞ…とさらっと推奨しておく。
★★★★☆
1stベスト『THE BEST WORKS
3rdベスト『ALL SONGS MUST PASS-Office Augusta 20th Anniversary BEST-』
4thベスト『ALL TIME BEST~福耳 20th Anniversary~
ライブアルバム『ALL SONGS MUST PASS-BEST LIVE RECORDINGS From Augusta Camp 2012-』(YOKOHAMA Day2)

C/W ALL OVER AGAIN

作詞:谷穂ちろる、作曲:M&G、編曲:間宮工

杏子、山崎まさよし、スガシカオ、COIL、元ちとせ

唯一のC/Wでの新曲。コーラスとしてサンプリングサンの矢野仁志・田鹿祐一、ドラムにあらきゆうこが参加している。

熱いロックバラード。Vocalは杏子1人になっているがAssociate Vocalという扱いで元ちとせがクレジットされていて後は全員コーラス。終盤以外はコーラスも無いので今まで以上に杏子の単独ボーカル色が強いが、大サビ部分でついに元ちとせが歌詞のあるパートで単独メインボーカルを担当(ただしこの部分のみ歌詞は「~」で括られている上に全部ひらがな表記になっていて別枠のような扱いになっている)。正直もっと歌わせてあげればいいのに…と思わなくも無いが、存在感ハンパ無いのでこれだけの出番でもかなりのインパクトがある。
★★★☆☆
1stベスト『THE BEST WORKS
3rdベスト『ALL SONGS MUST PASS-Office Augusta 20th Anniversary BEST-』
4thベスト『ALL TIME BEST~福耳 20th Anniversary~

福耳

2nd 10 Years After

10 Years After
02年7月17日
作詞:杏子・谷穂ちろる、作曲:山崎将義、編曲:スガシカオ・森俊之

杏子、山崎まさよし、スガシカオ、元ちとせ、COIL(岡本定義,佐藤洋介)、野狐禅(竹原ピストル,濱坐宏哉)、スキマスイッチ(大橋卓弥,常田真太郎)、サンプリングサン(矢野仁志,田鹿祐一,後藤浩之,野村俊彦)、あらきゆうこ

3年ぶり。参加メンバーが一挙急増したが、COIL以下のメンバーはコーラス参加のみで、基本的には初期メンバー3人に元ちとせが加わったようなボーカル編成。当時デビュー曲「ワダツミの木」が大ヒットしていたため、元ちとせの加入が大きな話題として取り上げられたが、野狐禅、スキマスイッチはインディーズでデビューしたばかりのド新人、サンプリングサンは全員では今回限りの参加であり、ほとんど注目されていなかった。
COILの扱いのみやや微妙なところで今作においてコーラス参加しかしていないメンバーとしては唯一次回作にも引き続き参加している。スキマスイッチは4th、野狐禅は野狐禅としてはこれっきりで、解散後に竹原ピストルが参加したのは7th(2017)から。

前作はあくまで杏子のソロ曲を手直ししたものだったが、今作は初期メンバー3人が作詞作曲編曲それぞれに関与して共作した完全なる新曲。加えて事務所の後輩たちがコーラス参加しているなど前作よりもスペシャルユニット感が出ている。ファンキーなポップチューンでこのファンキーな雰囲気は編曲に参加しているスガシカオの要素が強いように感じる。今回はクレジット上もVocal表記があるのは杏子1人だけで山崎まさよしがAcoustic GuitarとChorus、スガシカオがElectric GuitarとChorusという扱い。参加が話題になった元ちとせもクレジット上の扱いはBridge Voiceとなっていて単独の歌詞のあるパートは無いが、サビで延々とウ~ウ~♪と確かにブリッジなボイスを響かせているほか、最後のサビ前ではこのウ~ウ~♪コーラスがフューチャーされ、結果ウ~ウ~♪しかやってないのに神秘的な存在感を存分に発揮。当時ヒットしていた「ワダツミの木」に対してよく言われた“神の声”という形容も納得だ。元ちとせはあまりにも存在感が独特すぎるためか以後もこのように別枠のように登場してくる扱いが多い。他の後輩コーラス陣はたぶん最後のサビ以降に延々連呼されているエ~オッエ♪エ~オッエ♪エ~オッエ♪要員だったと思われ、判別はできない。

10年後を約束するような歌詞といい、福耳の活動年数が10年を越えてきた辺りからまた別の響きが出てきた1曲だと思う。ただ今作から10年後にはスガシカオが退社していなくなっ
★★★★☆
1stベスト『THE BEST WORKS
3rdベスト『ALL SONGS MUST PASS-Office Augusta 20th Anniversary BEST-』
4thベスト『ALL TIME BEST~福耳 20th Anniversary~
ライブアルバム『ALL SONGS MUST PASS-BEST LIVE RECORDINGS From Augusta Camp 2012-』(YOKOHAMA Day1)

福耳

1st 星のかけらを探しに行こう Again

星のかけらを探しに行こう~Again
99年7月14日
作詞:杏子、作曲:杏子・馬場一嘉、編曲:福耳Project、ストリングスアレンジ:森英治

杏子、山崎まさよし、スガシカオ

編曲が福耳Projectとなっていて匿名性が強くなっているが、演奏メンバーは間宮工(Guitar)、中村”キタロー”幸司(Bass)、森俊之(Keyboards)、中村文俊(Manipulation)と表記されており、杏子・スガシカオはボーカルのみ、山崎まさよしがボーカルに加えてギターとハープを担当している。メンバー的に森俊之が編曲の中心人物になるのだろうか。

95年2月の杏子のシングル「星のかけらを探しに行こう」のリメイク。タイトルに新たにagainが付属しているが、オリジナルの方はかなり忘却&歴史の彼方に葬り去られた感があり、当時のオリジナルアルバム『Dear Me』の1曲目を飾るなどリード曲的存在ではあったものの、現在は配信もされていない(杏子のソロでは99年のアルバム『BLACKTHORN CIDER』に収録されたAcoustic VersionとRepriseという別バージョンしか配信されていない)。

収録内容は同じで特典でオフショットブックレットが付属する程度の初回特典だったにも関わらず、品番が初回と通常で別だったため、当時のO社では別集計され初回盤は初登場9位、通常盤が初登場74位となった。初回盤はそのまま100位以内3週でチャートアウトして品切れ、通常盤は2週目以降に順位を爆上げして100位以内16週に渡ってロングヒット、最高16位を記録して20万枚を越えた。通常盤だけでもダントツの最大ヒット作だが、合算すると27.8万枚となる。これは2ndが02年でもう一気にCD売上が落ちていった時期という事も重なって今作以外は10万越えも1作も無い。

福耳バージョンは3人でボーカルを担当している事にはなっているものの、杏子の完全リードソロボーカル状態で、山崎まさよし・スガシカオの両名は完全にコーラス要員で一応最後に”今宵星のかけらを探しに行こう”の連呼などコーラスがメインパートみたいになる箇所もあるにはあるが、事務所の大先輩である杏子を引き立てるのに徹している。

元々かなりハスキーな枯れボイスが杏子のボーカルの味とはいえ、この当時は後年ほどはガラガラしておらず、曲調も相まってしっとりと綺麗な声で歌っているようにも聞こえる。まさに夏の夜空を感じられるロマンティックかつ美しさを感じる楽曲で、当時ソロでは90位とヒットしなかったもののagainとして復活させただけの事はある名曲。夏の旅先で都会よりもたくさん見える星空を眺めながら聞く…というシチュエーションが最もハマる1曲だろう。当時人気絶頂を迎えていた山崎まさよし、スガシカオの力も借りて福耳という形で今度はヒットしたというところも含めて埋もれなくて良かったなと改めて思う。

C/WにはAgainの付属しない「星のかけらを探しに行こう(Southern Milky Way Version)」という別アレンジバージョンが収録されている。また2010年には杏子+さだまさよし(岡本定義(COIL)+山崎まさよしでの2010 Acoustic ver.があり、福耳としてはスタジオバージョンは3種。これ以外にも始まりの1曲らしく主にC/WでAugusta Campで披露したライブ音源の収録頻度が高い。文字通りの福耳の代表曲である。
★★★★☆
1stベスト『THE BEST WORKS
3rdベスト『ALL SONGS MUST PASS-Office Augusta 20th Anniversary BEST-』
4thベスト『ALL TIME BEST~福耳 20th Anniversary~
C/W(「星のかけらを探しに行こう(Southern Milky Way Version)」)
2ndシングル『10 Years After』C/W(1999年8月28日 富士急コニファーフォレスト・ライヴテイク)
4thシングル『惑星タイマー』C/W(Augusta Camp 2004)
5thシングル『DANCE BABY DANCE/夏はこれからだ!』C/W(Augusta Camp 2007 Live Version)
2ndベスト『THE BEST ACOUSTIC WORKS』(2010 Acoustic ver./杏子+さだまさよし(岡本定義(COIL)+山崎まさよし)
3rdベスト『ALL SONGS MUST PASS-Office Augusta 20th Anniversary BEST-』(2010 Acoustic ver./杏子+さだまさよし(岡本定義(COIL)+山崎まさよし)
ライブアルバム『ALL SONGS MUST PASS-BEST LIVE RECORDINGS From Augusta Camp 2012-』(YOKOHAMA Day1)

福耳

RAG FAIR シングル回顧~2002-2009~

お笑いトリオ、ネプチューンの冠番組『力の限りゴーゴゴー!!』内で素人のアカペラグループを集めて大会を開く「ハモネプ」コーナーが人気を博し、01~02年にブーム的な人気となった。番組からはいくつかのアカペラグループがメジャーデビューを果たしてトップ10級の売上も記録した。

ハモネプの流れの中で最も人気と知名度を獲得したのがRAG FAIRだった。実際にはRAG FAIRはハモネプの大会には出場しておらず、90年代末期に大学サークルの延長で結成された番組時点で既に数年の活動歴を持つグループであった。メンバーのおっくんがレプリカというグループにアカペラを教えていたところを番組関係者に見込まれてレプリカとして出演して活躍。このTV出演を機におっくんのボイパの凄さが視聴者をざわつかせ、おっくんの本所属グループであるRAG FAIRもゲストとして出演。コーラスグループというより最早アカペラバンドと形容すべきパフォーマンスが評価され、番組との縁も一気に深くなり、当時音楽活動もしていたネプチューンのシングル「イッショウケンメイ。」のC/Wに収録されたアカペラバージョンのアレンジをRAG FAIR名義で担当。そのまま一気にメジャーデビューとなった。

中央に立つメインボーカルの土屋礼央はグラサンにファーというチャラい格好でノリも良く、他のメンバーも全体にウェーイ大学サークルノリを色濃くイメージさせるようなザ・大学サークル上がりみたいな風貌だったが、前述のように結成は90年代末期でその頃既に20代半ばになっていて、就職のために脱退したメンバーも既にいた。実際デビュー直後にもベースボーカル担当の高久陽介が脱退、数年前に就職のために脱退していた加納孝政が会社を辞めて再加入するといったメンバーチェンジもあった。

アカペラという武器でのし上がった彼らが実力派だったことは間違いないが、チャラい風貌はTVタレント的なインパクトはあっても同時にイロモノに見られがちで、アカペラ自体もTVの企画モノとしての一過性のブームとして急速に消費された事もあって、2002年には27時間テレビ内でも大々的にハモネプの大会を開催したのが完全にピークになって、番組も終わってしまった。ハモネプ大会の特番は不定期放送として残ったものの、ブームが終わってしまうとRAG FAIR以外のアカペラグループは後のヒットが続かず、最も人気を得ていたRAG FAIRも出すたびに下げ止まらずにファン層を拡大することはできなかった。

個人的にもブームに乗ったチャラい大学サークルノリの連中という偏見が当初あったのでまともに耳に入れていなかったが、土屋のグラサン&ファースタイルも徐々に落ち着いていき(ファーのイメージが強いがファーをしていたのは何気に4thまで、グラサンもメジャー末期の頃にはメガネになった)、楽曲自体も実力派コーラスグループの側面を強く打ち出し始めた辺りから、実はポップスグループとして凄い人たちなんじゃないかと考え直して聞くようになった。

残念ながらそのように見直して聞き始めるリスナーがほとんどいなかったようで2009年を最後に新作リリースが停止、2011年に活動を休止2012年末にはライブ活動を再開したものの、たま~のライブ中心の活動となり、新曲は会場限定や通販限定など販路が限られたものが2作出た程度。やがて2013年加納孝政が再脱退2019年おっくんこと奥村政佳が政治家を目指すとして脱退。直後の参議院選挙に出馬したが、落選した。政治家への強い決意を語っていたものの、RAG FAIR初期の知名度に頼った「ボイパのおっくん」を自称してボイパを披露しまくったので、元ファンには結局それ(ボイパ)で行くんかい…と幻滅され、知らない人には突然プシプシ言い始めるこの候補者なんなん?軽すぎね?と映ったのでは…

現在のメンバーは土屋礼央、引地洋輔、荒井健一、加藤慶之の4人だけ、しかもリズム隊2人が相次いで抜けてしまったので、ハーモニーのみのコーラスグループ状態となっている。奥村脱退時の土屋のコメントでは過去に解散の言葉が出たことがあるが、解散をするのを辞め、一生RAG FAIRでいる事を決めた、それぞれの人生を尊重し、全員のタイミングがあった時がいつでもRAG FAIRなんだというスタンスで活動していると語っていた。なので今後も解散することは無いと思われるが、大々的に活動を展開することももうないと思われる。

そんなわけでメジャーでの最後のシングルから早10周年。19枚のシングルを改めて振り返る。

2019.7執筆

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REBECCA 35周年シングル回顧2~1999,2000,2002,2017~

90年の休止以降はメンバーは各自音楽活動を継続していた。毎年のようにベスト盤・編集盤・再発盤が発売され続けていた。解散したバンドなのに当初CBSソニーだった所属はレーベル移動を繰り返していてキューンに移動になったと思ったらソニーに戻ってSMEに変わり、近年のリマスター再発はSony Music Directというたらい回しっぷり。その上、再結成しての新曲は全て別のレコード会社に移籍して出しているという…。

1度目の再結成はライブのみ。1995年5月に阪神・淡路大震災の復興支援で2日間限定で再結成し、横浜アリーナで2days公演を行った。当初1日限定だったのが追加公演でもう1日追加されたので2日間となった。この当時は前年の94年にNOKKOがソロで「人魚」「ライブがはねたら」などREBECCAの最高売上を突破するようなシングルヒットを出してソロでも人気絶頂を迎えていた時期だった。

1999年には野島伸司脚本のフジテレビ月9ドラマ『リップスティック』に「フレンズ」が主題歌として採用され、ほかにもいくつかの楽曲が劇中で使用された。この際にはremixed editionとして既に古くなっていた80年代のサウンドを90年代のサウンドにミックスし直すリミックスが施され、シングル「フレンズ~remixed edition~」、アルバム『Complete Edition』共に大ヒットを記録した。また同じタイミングでNOKKOがソロ名義で「フレンズ」のセルフカバーシングルを発売したが、REBECCAでの一連のリリースは再録音ではないので土橋がプロデュース監修として関与したのみだった。

2000年にはREBECCA再結成を発表。移籍してシングル「神様と仲なおり/HELLO TEENAGE」をリリースした。しかしライブも無く、この1枚ポッキリでそのままフェードアウトしてしまった。この直後にはソニーから前年の続編『Complete EditionⅡ』がリリースされた。こちらにはより深く土橋が関与していてブックレットでは1曲ごとのライナーを書き下ろしている。

さらに02年にはシングル「Raspberry Dream/Tatoo Girl」をリリース。これは99年に発表されていたremixed editionでの「Raspberry Dream」のシングルカット及び木暮・小沼在籍時の初期の未発表曲「Tatoo Girl」の両A面であった。続けてremixed editionの総集編ともいえる『LEGEND OF REBECCA』もリリースされた。

以降は04年に『REBECCA COMPLETE BOX~20th anniversary~』で大半の楽曲をBOXリマスター化、2007年にオリジナルアルバムの紙ジャケ単独リマスター、2010年にはシングルA面B面を網羅したベスト盤『GOLDEN☆BEST』』、2013年に更なる最新リマスター&Blu-spec CD2でオリジナルアルバムとリミックスアルバムを再発、2015年にはGOH HOTODAによる最新ハイレゾリマスターにより、ハイレゾ配信もされている。再結成のタイミングに関係なく、00年代以降のリマスター回数が何故かやたらと多い

しかし再発されまくる中、気がつけばNOKKOはGOH HOTODAとの結婚後、00年以降はほぼ表舞台から遠ざかる状態となっていた。2010年に本格的なソロ活動を再開させた。手始めにカバーアルバム『KISS』を発表。REBECCAのセルフカバーもいくつかそこで発表された。

そして2015年に突如再結成を発表。再結成時点ではベース高橋教之が兄と母の介護のために運送会社に就職し、既に音楽業界を半分引退状態にあった。高橋はメンバーの事を忘れたことは無いと復活への喜びを語り、足を引っ張ってはいけないと仕事の合間に練習に励んで再結成ライブに備える様子が当時の特集番組でもクローズアップされた。この再結成以降、継続的な活動は無いものの、NOKKOのソロライブのサポートを高橋教之が担当するなどしている。

2016年は活動が無かったが2017年にはツアーと新曲を発表。2018年以降は再び宣言無く沈黙している。再結成したもののその後どうするのか明言せずに放置するのはどうやら芸風らし

解散後の各自の活動としてはNOKKOは90年代にはヒット曲も出しているし、土橋安騎夫も曲提供やプロデュース業を手広くやっていたが、プロデューサーの時代においてもてはやされるほどの存在にはならず、共に00年が近づくにつれてヒットから遠ざかり、活動も縮小気味となり、正直あまり知名度は高くない。

メンバーで最も有名になったのはドラムの小田原豊だと思われる。現在に至るまで様々な有名ミュージシャンのサポートドラムとして引っ張りだこになっており、J-POPのヒットアルバムをある程度所有していれば必ず、ドラムに小田原豊の名前が入っていてもおかしくないくらいの日本を代表するドラマーの1人だ。レベッカは「フレンズ」しか知らないが、小田原豊がドラムを叩いている曲は(そうと知らなくても)いくつも知っているという人も多いかもしれない。同じくサポートギターの是永巧一もかなりあちこちにサポート参加しており、アレンジやプロデュース作も多数ある(たぶん土橋より多い)。

個人的にREBECCAを知ったのは『リップスティック』であった。当時80年代のキーボードやシンセサウンドは相当に古びた時代錯誤のものに聞こえており、今と異なり10年ちょいで時代錯誤なくらい古く聞こえてしまうほど時代はめまるぐるしく、音の変化が激しかった。そんな99年だけにリミックスが施されてのリバイバルは必然だったのかもしれない。

以降緩やかにremixed editionを聞きつつ、2015年の再結成を前にしてベスト盤以外も一気に全作制覇して、再結成ライブのさいたまスーパーアリーナに参加。さらに2017年の日本武道館にも参加した。完全なremixed edition世代である。

2019.6執筆

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REBECCA

REBECCA 35周年シングル回顧1~1984-1989~

REBECCAの結成は82年頃とされており、埼玉県浦和市(現在のさいたま市)周辺で結成されたようだ。2015年の再結成以降に番組や雑誌で特集された際にこの浦和がピックアップされ、実際にNOKKOが浦和駅近くにある楽器屋を訪れて思い出を語る場面もあった。メンバーが集っていたというその浦和の楽器屋は現在も健在で、個人的にも高校時代にギターを買ったり、弦を買い足したりと利用していた事がある(00年代前半頃)。まさかNOKKOら当時の音楽仲間がそれよりも20年くらい前にあの場所に集っていたとは当時は知らなかった。

83年にソニーのオーディションに合格後に後のリーダーでメインライターとなる土橋安騎夫が加入。この当時は木暮武彦がリーダーで、デビュー時点でのメンバーはボーカルNOKKO、メインライター、ギター木暮武彦、ドラム小沼達也、ベース高橋教之、キーボード土橋安騎夫の5人。

シングル2枚とアルバム(ミニ)2枚をリリースするが、木暮武彦、小沼達也が同時に脱退。音楽性の違いとされていたが、当時木暮とディレクターの折り合いがかなり悪く、ポップな曲もやれという方針に反発したためクビになったと後に木暮のインタビューで語られている。レベッカを命名したのは木暮武彦で愛着があったためか、木暮武彦、小沼達也がボーカルにDIAMOND☆YUKAIを迎えて結成した新バンドは当初レベッカ♂を名乗っており、レベッカとレベッカ♂が同時に存在する時期があったが、やはりクレームが入ったのかRED WARRIORSに改名。これもアルファベット順、50音順のいずれでもレベッカの前後に来るように徹底したバンド名にしていてかなり意識していたことが伺える。

木暮、小沼脱退後は土橋をリーダー、メインライターとして、新たにドラム小田原豊、ギター古賀森男を迎えて再始動。程なくして一躍ブレイクしたので世間に知られているのはそれ以降だ。人気バンドとして80年代を全力で駆け抜けた。

一方でギタリストが定着せず古賀森男は1年半ほどで脱退、代わって加入した友森昭一は1度もレコーディングに参加することなく半年で脱退してしまった。最終的にレベッカに正規メンバーのギタリストは不在となり、古賀森男の在籍時からサポートギターとして断続的に関わっていた是永巧一が固定のサポートギタリストとして再結成以降も参加している。パーカッションの中島オバヲも同様で固定のサポートとして再結成以降まで関わっている。

1990年年明けの武道館ライブを最後に活動を休止翌91年に再開することなく正式に解散した。

2019.5~6 新規執筆

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REBECCA

レミオロメン シングル回顧+(後編)~2006-2011~

一躍人気バンドとなったレミオロメンだったが、その直後に反動が訪れる。突如としてダークな心情を反映した楽曲を送り出すと、重苦しい楽曲を連発。リスナーの間でも小林武史の影響と思われるピアノストリングスの使い過ぎを嘆く声が増えていき(同時期のミスチルでも同様で「ピアノまみれ」と揶揄されるほど)、拡大したリスナー層も『HORIZON』が約70万枚だったのに対して、『風のクロマ』で10万を一気に割り込むなどあっという間に縮小してしまった。

迷いを抜けたと語ってはまた迷っているような文字通り迷走しながら進んでいったのがこの活動後期だったといえる。ただ個人的に人生に寄り添っていたのはこの時期だった。全く同じものではないが苦悩と希望の繰り返しにはとてつもなく共感したし、救われた部分もあった。

何度目かの迷いを抜けてたどり着いた「Your Song」。その先のバンドの目標も嬉々として語られていたが、直後にあの大震災が起きた。10周年を越えて3人のやりたい事が変わってきた云々が休止理由とされているが、震災で音楽の無力さ、「Your Song」で到達した思いを否定されるかのように痛感したようなところも影響していたんじゃないかと思う。

2019年にはレミオロメンのセルフカバーをソロで行った『RYOTA FUJIMAKI Acoustic Recordings 2000-2010』も発売された。レミオロメンの楽曲自体は恐らく今まで以上にソロで歌い継がれていく事になると思う。その先にもしかしたらいつか3人が揃って復活する未来もある、かもしれない。

2019.3~4執筆
2011年対談も参照。2011年対談を踏まえて(休止発表前だったがその翌年休止になったきりなので結果的に全シングル対談になった)、そこから8年後の2019年視点でC/W、アルバム曲を追加。

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レミオロメン シングル回顧+(前編)~2003-2006~

山梨出身の藤巻亮太(Vocal,Guitar)、前田啓介(Bass)、神宮司治(Drums)の3人は小学校時代からの同級生で学生時代にもバンドを組んでいたようだが進学で1度解散。藤巻が迫る就職(大学卒業)を前にして一足先にスタジオミュージシャンをしていた前田に相談して看護学校へ進学していた神宮司を誘って音楽の道へ進むことを決意。これが2000年。2010年に10周年が掲げられていたのはこの2000年が結成起点とされているからだったようだ。

その後、地元の空き家の神社の母屋を借りての練習の日々(通称「神社時代」)を経て03年にデビュー。当初インディーズだったがすぐに小林武史の烏龍舎、ビクターへの所属が発表されてメジャーデビューを果たした。当初ストイックなロックサウンドを主軸としていて小林武史はプロデューサーだったが演奏には参加していなかった。方向性としてもお茶の間では知らないがロック好きの間では期待の新人として注目されるようなロック誌方面、いわゆるロキノン系に属するような立ち位置だったようだが、より飛躍していくことを決めたのか途中から小林武史のプロデュースが強まり、やがて全面参加、J-POP方面へと振り切った。この路線変更は賛否を呼んだが、結果的にはアルバム3枚は出すたびに売上を伸ばし、シングル「粉雪」も大ヒットするなど一躍若手ロックバンドとして、躍進することに成功した。

個人的には「3月9日」がリリースされたときに知り、その時は1曲限りだったが1年後のアルバム『ether[エーテル]』から聞き始めた。なのでブレイク前は知らないが、ブレイクしていって人気が頂点を極めるまでは何となくリアルタイムで感じていた。当時は好きな曲がいくつかあるけど程度でそこまで熱心に聞いていたわけでもなかった。本格的に響くようになったのはむしろこの栄光の後だった。

2019.3執筆
2011年対談も参照。2011年対談を踏まえて(休止発表前だったがその翌年休止になったきりなので結果的に全シングル対談になった)、そこから8年後の2019年視点でC/W、アルバム曲を追加。

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AKB48 Early Daysシングル回顧~2005-2010(序)~

今回は2009年3月4日の「10年桜」からピタリ10周年2019年3月4日に「10年桜」を更新しようという目的から逆算して過去曲回顧で取り上げたため、元から最新作付近までをやる予定ではなかった。これ以降は当面予定していない。

今回「桜の栞」までという非常に中途半端なところで終わっているが、これはリアルタイムで聞き始めたのが「ポニーテールとシュシュ」以降だったので、それ以前の1度も感想を書いた事が無いシングルまでという事で区切りにした。Early Daysという区切りも実に個人的である。

この時代は「今週のチャート」連載時だったので一応デビュー時点からグループ名は知っていた。当時既にチャートレビューはしていたがチャート番組はもう見ていなかったので曲は「会いたかった」くらいしか知らなかったが、「大声ダイヤモンド」辺りからは楽曲に勢いがあっていいという評判が高まってきていたように記憶している。07年に始めた「貴方が選ぶ音楽大賞」でも翌08年以降参加者が増えると同時にAKB48の曲がいいという投稿がけっこう多く来ていた。実際じわじわとこの時期に売上を伸ばしていき、ついにはO社1位を獲得。初動売上が加速度的に伸びていき、留まるところを知らない状態になっていったのがこの時期までとなる。

2019.2~3執筆

作詞は全て秋元康。

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AKB48

the brilliant green シングル回顧~1997-2010~

ボーカル川瀬智子、ベース奥田俊作、ギター松井亮の3人組ロックバンドとして1997年にメジャーデビュー。最初の2枚は4曲入り全英語詞マキシシングルとしてリリースしており、この2作はオリジナルアルバム未収録であった。

初の日本語詞にして当時のメイン形態であった8センチCDでの3rd「There will be love there -愛のある場所-」が大ヒットしてブレイク。1stアルバムはミリオンヒットを記録した。そこから00年まで継続して活動を行っていた

01年には川瀬智子がTommy february6としてソロ活動を開始。バンドとは全く異なる80’sサウンドと詳細なキャラクター設定をしてそれを演じるスタイルでの活動は当初シングル1枚限りのはずが予想以上の反響を得たことでアルバムリリースまでの継続した活動へと発展。当時のthe brilliant greenは3枚のアルバムが出すたび売上が低下していたが、Tommy february6は1stこそ越えられなかったものの2nd、3rdを上回るという当時のバンド以上の大ヒットを記録した。

それでもソロ活動は1年で区切りをつけてthe brilliant greenは02年に活動を再開したが、今度はthe brilliant greenが1年で活動停止になってしまい、好評だったTommy february6を再開させ、今度こそ本格始動となりプロジェクトが発展。Tommy heavenly6というオルタナティブなロックを基本としたダークサイドの人格設定まで作り出してfebruary6とheavenly6の並行してのソロ活動が延々と続いた。

放置状態となっていたthe brilliant greenは07年に10周年を機に活動を再開。08年始めにかけて3枚の新作シングルをリリースしたがアルバム制作には至らずに代わりにシングルコレクションを発売すると、またTommyソロへと戻った。

なおこの07年頃にそれまで匿名の外人作家のような作編曲のクレジットだったTommyソロのその匿名作家が全て奥田俊作だったことが明かされている。松井はさほど参加していなかったようだがそれでも一部楽曲でギターを担当していたことが判明した。

09年には事務所研音が事業整理でもしたのか、所属ミュージシャンであったthe brilliant green、Sowelu、星村麻衣を3組まとめて契約終了。3組とも事務所だけではなくソニーレーベルとの契約も打ち切りとなり、3組とも新たな事務所とレコード会社を探すことになった。Soweluはエイベックスへ(数年でフリーになった)、星村麻衣はインディーズに移動する中で、the brilliant greenは別事務所、レコード会社はワーナーへ移籍した。

移籍が完了してthe brilliant greenとして再度活動を開始したが、直後にギター松井が脱退。2人組となる。今度はオリジナルアルバム制作に行きついたが、このアルバムのブックレットでは2人ではなく、匿名性の強いダミーメンバーの外国人を常に2人と一緒に配置するという形式を取り、演奏クレジットも抜けたギターを誰が弾いているのか明記しなかった。そして結局またしてもTommyソロへ…。

13年には既に16周年であるにも関わらず“the brilliant green Tomoko Kawase デビュー15周年企画”として各名義での新作制作を発表。15周年が既に1年遅れていたようにソロでもペースが鈍化しつつあったが、このプロジェクトも当初の予定から遅延しまくりとなり、2013年中にfebruary6、heavenly6のアルバムは何とかリリースされたものの、the brilliant greenとしてのリリースは2014年になってからとなった。新作が間に合わず、セルフカバー作品となったが、この際にthe brilliant greenとしても奥田俊作はソロ同様の裏方になる事を宣言。これに伴いthe brilliant greenも最早バンドではなくなってしまい、ジャケット写真等もソロと同じで川瀬1人となった。素顔かコスプレかの違いしか無くなっ

15周年プロジェクトではそもそも当初the brilliant greenの新作を出すはずで、まずはセルフカバーをやってから新作を制作するという方針だったはずだったが2015年以降はバンドもソロも新作が一向に発表されなくなった

沈黙の中で2017年、デビュー20周年を迎えたが活動は「2017 神宮外苑花火大会」に出てきて数曲のライブを行ったのみ。これを皮切りに活動を再開してまずはベストアルバムをリリースすると当時報道されたが結局続報は何一つなく、以降も沈黙が続いている。

というわけで2015年頃からはソロでもバンドでもCDリリースが無い状態となってしまっているが、果たして次なる本格始動はあるのだろうか。Tommy名義でのブログは更新が続いていて配信でソロ名義でのかなり久々の新曲は2018年10月に両名義でされていたようだが、完全に自主レーベルになっているようだ(moraでは何故か新たなfebruary6、heavenly6欄にそれぞれ単独でぶち込まれている扱いで、過去の作品が並ぶfebruary6、heavenly6の欄に入れてもらえていないので曲名で検索しないと出てこない)。

秋冬にヒットが集中しているので過去曲回顧で取り上げるなら11月か12月頃、20周年で再開するという報道があったので2017年11~12月頃に取り上げようと思っていたが音沙汰が無いまま1年経ってしまい、このままだと2018年も終わってしまい、また1年後…とやっているとキリが無いので思い立ったこのタイミングでやる事にした。

一応公式が97年でデビューをごまかして98年起点扱いで13年を15周年にしたという前科があるので、18年は”20周年”という事で…。

2018.12執筆

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