森高千里 シングル回顧2~1994-1999~

ワン・アップ・ミュージック設立以降の活動後半(ワン・アップ・ミュージックは現在のZetimaへ変化してワーナーから完全独立した)。

この時期になると大きな変化はなくなったが、セールス的には全盛期を迎えた。といってもドラマタイアップでポーンとミリオンが出ていた90年代においてあまり大きな当たりも無く、シングル最高ヒットで40万台というのは当時としては大ヒットというほどでもなく、年間チャートになると50位を下回る。「気分爽快」でも年間54位だし、最高ヒットの「二人は恋人」に至っては95年なので年間82位である。これは同時代に活躍していた女性ソロシンガーに比べてもかなり低い。

しかし95年のベスト盤『DO THE BEST』はミリオンを越える大ヒットを記録。1995年の年間チャートでも10位を記録して年間トップ10入りを果たした。これは逆にシングルでミリオン前後のヒットを出している同時代に活躍していた女性ソロシンガーらでも達成できていない偉業であり、大きな1発は無いがヒット曲を連発していた事が実を結んだものと思われる。

一方でこのベスト盤の大ヒットを機に次のシングルからはいきなり売上が半減。タイアップは続いていたが、徐々にヒットから遠ざかっていく事となった。かろうじて年末バラードシングルで持ち直して96,97年と2年続いて存在感は示していたものの、97年の「SNOW AGAIN」を最後に98年以降は本格的に低迷した。

99年には江口洋介との結婚・妊娠を発表。これに伴い新作アルバムが制作されなくなり、99年後半はリメイクシングル、ベスト、リミックス等の企画盤のリリースが相次ぎ、産休に突入してそのまましばしの半引退状態となった。

以降も自選ベストの発売やCM出演などちょいちょいと活動しつつ、00年代後半以降はTV出演も徐々に再開された。2012年の25周年で『ザ・シングルス』発売を機に主にYou Tubeを主戦場として200曲セルフカバー企画を行い、コンサート活動なども行うようになった。しかし現在でも新作アルバムの制作や、そもそもに通常の新曲の発表などは行われていない。

2020.5~6執筆

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森高千里 シングル回顧1~1987-1993~

シングルが40枚だったので20枚で分割したが、実際の公式ではレコード会社が変わった~19th、20th~で分けられることが多い。厳密には20thは新レコード会社ワン・アップ・ミュージックを設立したが品番は前のままという過渡期で、21stから品番もワン・アップ・ミュージック独自のものに切り替えられた。

また音楽的には自身で楽器演奏(主にドラム)を開始したタイミング(「渡良瀬橋」以降)が大きな転機となっているほか、それ以前にも個性的な歌詞を自作し始めた、派手な衣装を止めたなどいくつかのターニングポイントがあるのがこの前半の特徴だ。

初期の路線は特段個性のあるものではなく、ある程度時代に即したような曲が並んでいたが、まずとんでもない歌詞で強烈なインパクトを残し、そろそろ耐性が出来てきて歌詞がインパクトなだけでは前ほど驚かなくなってくると、自ら楽器演奏を開始するという流れは鮮やか。唯一無二の存在へと進化していった前半を振り返る。

2020.4~5執筆

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キンモクセイ 活動急始記念シングル回顧 2001-2007,2011

7,80年代の日本のポップスを00年代前半のミュージックシーンで再現していた特異なバンド、キンモクセイ。世間がR&B風やらラップミュージックで沸いている時代に実にマイペースに”あの頃の匂い”を掲げ、懐かしくも新しいサウンドを展開し続けた。早い時期での「二人のアカボシ」でのブレイクはあったものの、時代と合ってなさすぎたせいか早々に忘れられてしまい1発屋扱いされるようになってしまったが、02~06年当時のヒット曲が懐かしくなる中でも彼らの楽曲は色褪せない。むしろ全体に懐古ムードが高まり、時代の彼方へ置き去りにされていた80’sのサウンドすら逆に新しいものとして受け入れられるようになってきた昨今、キンモクセイの楽曲に改めて触れてみると当時よりもさらに普遍的に感じられる。

『Beautiful Dreamer』15周年2017年2月11日に、02年2月11日このサイト開始当時にまさに「二人のアカボシ」がブレイクしていたのを思い出し、調べたら02年2月11日付の週間チャートで初のトップ10入りを果たしており、ベスト盤の年表でも2月11日に初のトップ10入りをしたことが記載されている。ここだ!という事で過去曲回顧旧スタイル最終章を飾ったキンモクセイのシングル回顧だったが、活動急始に合わせてC/W追加で早くもリニューアル。

※2015年に概ね執筆したままお蔵入りしていたものを2016年デビュー15周年に向けて微修正、しかし修正が遅れてタイミングを逃して再度お蔵入りしていて2017年2月のサイト15周年と「二人のアカボシ」のヒットが同時期だった事から2017.2.11公開したものをC/Wを追加した完全版として2020.3大幅追記修正。
※音源を所持していなかった8thC/W、11thC/WはSpotify無料版(PC)で試聴したのみで感想を書いていますので視聴環境が他の曲と著しく異なります。

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タンポポ シングル回顧~1998-2002~

98年にメジャーデビューしたモーニング娘。が3rd「抱いてHOLD ON ME!」で初の1位を獲得して最初のブレイクを迎えたタイミングで、初の派生ユニットとして誕生したのがタンポポだった。メンバーは1期の石黒彩飯田圭織、2期の矢口真里の3人。当時のモーニング娘。よりもさらに大人っぽさを強調したセクシー路線で2作のシングルをリリース後にオリジナルアルバムも発売。そこからシングルカットされた「たんぽぽ」は爽やか路線となっていた。この時点まではまだ様々なグループを手掛ける前だったので早期の1stアルバム制作という好環境含めてかなり丁寧なプロデュースワークが展開していた。

「LOVEマシーン」の大ヒットで状況が大きく変わっていく渦中の10月に4thシングル「聖なる鐘がひびく夜」を発売するも、年明けに石黒彩がモーニング娘。を脱退したためタンポポも脱退。リリースは無いが冠ラジオやライブでは2人編成での活動がしばし続いた。

その後プッチモニに4期吉澤ひとみが加入したタイミングで、タンポポには同じ4期の石川梨華加護亜依が加入し4人組に。以降はガールポップ路線となり、プッチモニと連動してのシングルリリースが3回続いた。売上ではプッチモニに比べて下回っていたものの、飛び道具要素のない正統派なガールポップ路線は非常に評価が高く、ハロプロで最初に聞くなら聞きやすいのはタンポポだという声も当時一部であった。

しかし02年7月の通称ハローマゲドンにより、なんと石川以外強制脱退紺野あさ美・新垣里沙・柴田あゆみ(メロン記念日)が加入して新体制になると発表された。プッチモニの再編成は後藤・保田のモーニング娘。卒業が発表されていたためまだやむを得ない部分があったが、初期メンでありタンポポというグループへと愛着を常日頃語っていた飯田・矢口には卒業予定は無かった。ミニモニ。と兼任していた矢口矢口はミニモニ。も脱退することになるもハロプロキッズと新たなユニット結成という救済が発表されていた。同じくミニモニ。兼任だった加護はミニモニ。には残留した。飯田には本当に何の救済も無かったため、あんまりな仕打ちだと批判が噴出した。

9月4日のベスト盤『All of タンポポ』でこれまでを総括した月末の26日には新編成での1発目としてシングル「BE HAPPY 恋のやじろべえ」がリリースされるも人気は大幅下落。続いて予定されていた新編成プッチモニのシングルはリリース延期のまま破棄となり、タンポポの新曲発売もこれにて停止。1年後にラジオが終了し、解散宣言無くタンポポもまたフェードアウトしていった。

2019.12新規執筆(プッチモニ同様に2007年頃の過去曲回顧を全面破棄して書き直し)

1st ラストキッス

B00005G3QC
98年11月18日

石黒彩、飯田圭織、矢口真里

編曲:小西貴雄
3rd「抱いてHOLD ON ME!」が初の1位を獲得して最初のブレイクを迎えていたモーニング娘。の派生ユニットしてデビューしたタンポポのデビュー作で30万枚を越えるヒットを記録。最終的に「恋をしちゃいました!」「乙女パスタに感動」に続く3番ヒットとなるが、本家が50万弱のヒットの中で派生ユニットで30万ヒットはなかなか驚異的だったと思う。「恋をしちゃいました!」「乙女パスタに感動」の頃にはもう一気にCD売上全体が下落しまくっていたので98年という時代が良かったのかもしれないが、それでも「LOVEマシーン」直後の「聖なる鐘がひびく夜」でも20万越えたのがやっとだったし、何だか今作は異様に売れた感じはある。

かなり大人びた雰囲気の失恋ナンバー。決してくちびるお化けではな“くちびるにだけ”がやたら連発されるのでこの部分のメロディーがやたらと印象に残る。10代だった飯田・矢口には背伸び気味の世界観だったように思うが、一応歌詞中では”初めての恋終わった”という初恋設定が含まれているので設定自体はそんなに大人びてもいないのか。好みの曲調ではないがコーラスワーク含めて完成度が高い1曲だと思う。
★★★☆☆
1stアルバム『TANPOPO 1』(single version)
1stアルバム『TANPOPO 1』(album version)
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

ラストキッス
タンポポ
2008/12/10 ¥204

2nd Motto

B00005G3QM
99年3月10日

石黒彩、飯田圭織、矢口真里

編曲:河野伸
大人っぽさをさらに突き詰めた2作目。当時モーニング娘。でリリースされた『Memory 青春の光』もNY録音のオケといいコーラスワークといい音楽的に凝りまくっていたが、凝りすぎてかなり覚えにくく親しみにくい曲調になってしまった。この時期の凝りまくりの方向性はヒットチャート的にも失策で、そこに力入れても世間には伝わらないと判断されたようでこれっきりとなった。『Memory 青春の光』は40万ヒットを記録していたが、今作はアルバム先行も響いて10万割れとなった。

今作に関してはやりすぎは良くないな…と思ってしまうような楽曲。吐息を連発したり、歌い方もかなり全力で色っぽく歌っているのが過剰すぎる。色っぽく歌いすぎても聞いてて引くだけだなっていうかなんていうか。一方でオケの完成度は異様に高く、「Memory 青春の光」同様にNYレコーディングを行った効果が存分に発揮されている。
★★★☆☆
1stアルバム『TANPOPO 1』(album mix)
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

Motto
タンポポ
2008/12/10 ¥200

3rd たんぽぽ(Single Version)

B00005G3QW
99年6月16日

石黒彩、飯田圭織、矢口真里

編曲:小西貴雄
唯一のオリジナルアルバム『TANPOPO1』収録曲をボーカル再録音&リミックスでシングルカット。好評だったからシングルカットしたと言っただけあってタンポポというユニットを象徴する代表曲として扱われた。実際シングルカットにも関わらず2ndを上回る売上を記録するなどセールス面でも好評が反映された。前2作とは違い、明るくさわやかな曲。どこにだって咲く花だけど根強く咲くたんぽぽのようにあれというユニットコンセプトが反映され、これはメンバー自身にも響く活動方針になっていたと思う。今聞いてもいい曲。

Grand Symphonic Versionは文字通りにオーケストラバージョンみたいなリアレンジだが、飯田圭織、矢口真里、石川梨華、加護亜依の4人体制ではなく、石黒彩のボーカルテイクも使用した幻の5人バージョン。
★★★★☆
1stアルバム『TANPOPO 1』
ベスト『All of タンポポ』(Single Version)
ベスト『All of タンポポ』(Grand Symphonic Version)
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』(Single Version)

たんぽぽ(Single Version)
タンポポ
2008/12/10 ¥204

4th 聖なる鐘がひびく夜

B00005G3RB
99年10月20日

石黒彩、飯田圭織、矢口真里

編曲:小西貴雄
『LOVEマシーン』の1ヵ月後にリリースされた結果的に石黒彩の最終参加作品今年最速のクリスマスソングみたいな宣伝もしていたが、あまりに早すぎて街がクリスマスモードに染まっていく前にチャートアウトしてしまっていた。前作の爽やか路線でコーラスワークも生かしつつそのまま奇をてらわないクリスマスソングをやってみたといった感じの普通にいいポップスだが、「LOVEマシーン」とプッチモニの「ちょこっとLOVE」に挟まれたリリース位置を思うとこの曲の正統派っぷりが一際輝く一方でこの2作がミリオンヒットして今作が20万程度で終わったのはそのままインパクトの差でもあって難しいところ。耐用年数が高いのは今作だと思う。
★★★☆☆
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

聖なる鐘がひびく夜
タンポポ
2008/12/10 ¥204

5th 乙女 パスタに感動

B000059O5J
00年7月5日

飯田圭織、矢口真里、石川梨華、加護亜依

編曲:永井ルイ
石黒彩の脱退によりしばらくライブやラジオは2人編成だったが、モーニング娘。4期からタンポポには石川梨華、加護亜依が加わって4人編成となった。プッチモニに吉澤ひとみが加入したので4期は辻希美だけ取り残される事となったが、年明け01年には低身長の矢口と加護と辻とココナッツ娘。のミカでミニモニ。としてデビューしたので当時のモーニング娘。でソロデビューもユニット参加もしていないのは安倍なつみだけという状況になった。今作以降は基本的にタンポポ、プッチモニは連動しての稼働となり、ほぼ連続でシングルをリリースする形で3作続いた。

ブリティッシュ風味と形容されることが多かったが、これは当時のつんくが『A HARD DAY’S NIGHT つんくが完コピーやっちゃったヤァ!ヤァ!ヤァ! Vol.1』というビートルズのカバーアルバムを出したり、多忙になっていくプロデュースワークの間に自身の所属するシャ乱Qとは別にビートルズに傾倒したソロ活動をしていたのも反映されていると思われるが、4人になってからのタンポポは正統派のガールポップ路線となり、ギミックやインパクトよりも正統派のかわいらしさ、正統派のポップなメロディーを聞かせる方向性となった。当時は他のハロプロはノリが苦手だけどタンポポだけは聞きやすいとかハロプロを最初に聞くならタンポポがお勧めだという論調も生まれた。

金曜日に彼と過ごす休日を想像して盛り上がる女の子のウキウキな様子を歌ったかわいらしいポップナンバー。タイトルは冒頭で昼休みにスープパスタに感動したと触れているだけでその後の歌詞の内容には全く関わりが無く、さらにジャケ写もいつの時代ですか?というような最早誰が誰だかパッと見で分からない珍妙なモノで、タイトルと見た目で珍品扱いされがちなのがちょっと惜しかった。歌衣装とかも普通にかわいらしかったし、ジャケ写の格好が出てくる余地はPVにすら全くなかったのになぜこんなことに…。
★★★★☆
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

乙女 パスタに感動
タンポポ
2008/12/10 ¥204

6th 恋をしちゃいました!

B00005HUWE
01年2月21日

飯田圭織、矢口真里、石川梨華、加護亜依

編曲:渡部チェル
前作同様のガールポップ路線。より自信をもって突き詰め、今回はジャケ写もタイトルもそのまま正統派勝負。プッチモニの方が終始売上は格上だったが、プッチモニが売上を落としていた中で、タンポポは前作→今作でわずかに売上が上昇して今作で最高ヒットを記録したので、楽曲自体も好評だったものと思われる。恋に落ちた女の子のキラキラまぶしい心情を綴った歌詞は随所でわざとらしく拙い感じを醸し出してアイドル的な、主に加護ちゃんのロリ感をブーストしてきたと思いきや、サビの”ラーメンを食べました”に呼応するコーラスが“食っちゃった”と突如野郎っぽい言葉遣いだったりもするところにつんく独特のセンスが出ているように思う。

つんくのコメントによれば”オケは徹底的に骨太に、歌い方も「ブリッコ禁止」「かわいい禁止」、「かっこいい」をテーマに歌ってくれ、と指示”したそうだが、歌詞やコーラスやガヤなんかもかわいらしいものなのであまりかっこいい印象はしない。ただ確かに若干ボーカルが全員強めに歌っているような気はする…かもしれない。リズム隊(ドラムとベース)は7 HOUSEのメンバーが担当していて生音志向なのも丁寧で良かった(後に飯田圭織が結婚した相手はこの7 HOUSEのボーカルだった人である)。

あと個人的には当時NINTENDO64版のスマッシュブラザーズが友人間でブームなっていて、よく自宅でシングル詰め込みCD-Rをかけながらやっていたので、この曲のコーラスの「やっちゃった」の瞬間に「殺っちゃった」と叫びながらスマッシュ、というのが流行った思い出。
★★★★★
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

恋をしちゃいました!
タンポポ
2008/12/10 ¥204

7th 王子様と雪の夜

B00005RF0R
01年11月21日

飯田圭織、矢口真里、石川梨華、加護亜依

編曲:永井ルイ
唯一の1位獲得シングル。前2作ではタンポポ→プッチモニの順番でリリースしていたが、今作時のみ初めてプッチモニ→タンポポというリリース順になり、結果プッチモニがKinKi Kidsにぶつかり初の2位、タンポポは敵なしで初の1位という結果となった。自力人気の差から売上は普通にプッチモニの方が10万程度高い。クリスマスという単語は出てこないがクリスマスを思わせるガールポップ路線のウィンターソング。やはりかわいらしい曲でタンポポの王道が完全に完成されている印象。この時期だけ起用されていた永井ルイというアレンジャーも非常に合っていたと思うんだけどハロプロ御用達アレンジャーにはならずこの時期限定だったのが惜しい(というか個人的にこのアレンジャーいいなと思ったハロプロのアレンジャーって大体その時限定で終わる辺りからして好みとズレているんだと思う。

全体にラブラブな雰囲気のラブソングではあるが、冒頭の“テレビを見てたら不安になっちゃって”というくだりには、911テロ直後の世相が反映されていて、さらっと時流を取り入れるつんく流が垣間見える。

楽曲の評判は良かったし、この2期タンポポのガールポップ路線満載の2ndアルバムは聞きたかった。
★★★★☆
ベスト『All of タンポポ』
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

王子様と雪の夜
タンポポ
2001/12/19 ¥204

8th BE HAPPY 恋のやじろべえ

B00006IICU
02年9月26日

石川梨華、紺野あさ美、新垣里沙、柴田あゆみ(メロン記念日)

編曲:永井ルイ
大改革ハローマゲドンにより、石川以外がリストラされ、当時5期として加入したばかりの紺野あさ美、新垣里沙、メロン記念日の中心メンバー柴田あゆみが加入。前作の半分以下の6万程度に終わり、最低売上を更新する事態となり、続けてリリースされる予定だったプッチモニは発売延期のまま中止となり、タンポポの新作もこれっきりとなるなど事実上の改革失敗となった。

アレンジャー永井ルイは継続起用しているものの、下敷きがHIP HOPになっていて平メロや間奏はラップ調、2期タンポポのガールポップ的な部分はサビメロに残しながらサビでもポップなメロディーのバックでスクラッチ音やCheck! Check!、Ah!Ah!などHIP HOP要素を入れまくっているので何だか摩訶不思議な印象に…。前のタンポポのポップ感を残しながらも新しいタンポポへと変化する過渡期的な立ち位置になるはずだった…のかもしれない。
★★★☆☆
ベスト『タンポポ/プッチモニ メガベスト』

BE HAPPY 恋のやじろべえ
タンポポ
2002/12/18 ¥204

プッチモニ 20周年シングル回顧~1999-2001~

モーニング娘。が「LOVEマシーン」で大ブレイクした直後、タンポポに続く2組目の派生ユニットとして誕生したのがプッチモニだった。選ばれたメンバーは2期の保田圭市井紗耶香、ただ1人の3期として加入したばかりの後藤真希の3人。後藤真希はオーディション段階から10年に1人の逸材とつんくに評され、1人だけの加入になった挙句に「LOVEマシーン」でいきなりセンター、中学生ながらいきなりのド金髪(夏休みだったので染めていただけで夏休み明けの「LOVEマシーン」発売時にはもう金髪ではなかった)でインパクトを放ち、既にエースとして大注目されていたが、保田圭、市井紗耶香は当時はまだ地味なメンバーであまり認知されていなかった。市井紗耶香は半年後には辞めてしまったが、プッチモニデビューからの半年ではプッチモニをリーダー格として仕切って引っ張る姿が好感を集め、一躍人気メンバーとなっていった。脱退直前の市井は後藤真希、安倍なつみに続くモーニング娘。の3番人気まで上り詰めていたのではないか、と評する声も当時あった。逆に後藤真希はいきなりド金髪のインパクトからクールな不良系と思われていたがプッチモニでは中学生らしい普通の女の子感を出していて先行するクールイメージに対して自然体に活動できていたようだ。保田圭は後に『うたばん』で石橋貴明に激しくイジられる事で独自のキャラが確立したので(呪いの人形みたいなのとか石橋貴明とCG演出とか)最初にスポットが当たったのはやはりプッチモニだったと思う。

当初はどちらかというと市井が中心に近い扱いになっていて後藤真希のユニットという印象にはならなかったプッチモニだったが、市井の卒業に伴い、4期として加入したばかりの吉澤ひとみが新たに加入。これ以降は普通に後藤真希が中心メンバーのような扱いに変わり、ほぼセンター固定となった。

基本的にタンポポと連動してシングル発売も連続して行っていたが2002年7月の通称ハローマゲドンによりユニット活動は終焉を余儀なくされた。特にプッチモニの場合は後藤が9月卒業、保田が来春卒業と一挙2名が卒業してしまう事となった。

タンポポ含めて派生ユニットは卒業の有無に関わらず完全再編して再始動と発表され、プッチモニは吉澤ひとみに加えて新たに小川麻琴アヤカ(ココナッツ娘。)の3人編成になることが発表された。再編成での新曲はタンポポは何とか発売されたものの、プッチモニは続けて発売とされていたが延期されてしまい、そのまま発売されずじまい。発売されるはずだった「WOW WOW WOW」はライブで初披露されて03年末のハロプロ年末恒例コンピ盤『プッチベスト4』に収録されたが、結局タンポポもプッチモニもはそのままフェードアウト状態となって終焉した。3番目の派生グループだったミニモニ。のみ04年まで新曲リリースが継続した。

そんなわけでプッチモニはハローマゲドン後シングルを発売できずじまいだったため、ライブに行っていたファンとコンピ盤『プッチベスト』シリーズまで隈なくチェックしているコアなリスナー層以外には01年のシングル「ぴったりしたいX’mas!」が最後でハローマゲドンを受けて最後にリリースされたベスト盤『ぜんぶ!プッチモニ』で終了したという認識じゃないかと思う。「ちょこっとLOVE」から20周年を記念して久々に4シングルを振り返る。

2019.12執筆(2007年頃に過去曲回顧で公開していたものは記録が途中で消えていたので全面破棄で新規執筆)

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倉木麻衣 20周年シングル回顧4~2016-2019~

この時期になるとさすがに配信に移行することが増え、コナンでも配信送りに、コナンじゃないともうCDにはしないような状態となっていった。そんな中で久々にコナン映画主題歌を担当した2017年、「渡月橋~君 想ふ~」が久々の大ヒットとなった事で紅白復帰まで果たすなどイレギュラーな事態が巻き起こった。まさかの大当たりにより、これに引っ張られての活動も続いた。コナン続きなのを逆手にとって主題歌担当回数のギネス記録に認定され、それらを集めたベスト盤もリリースされた。

いくらヒットしたとはいえ「渡月橋~君 想ふ~」で次の年まで引っ張り続けるのは若干無理があったものの、そうこうしている間についに20周年を無事に迎える事となった。ビーイングの女性歌手で活動休止も外部移籍もせず、これといった病気公表も無く、毎年必ず1作は新作を出し続けて20周年を迎えたというのは初の快挙となった。線が細そうで何気にかなりの鉄人体質なのかもしれない。

2019.12新規執筆(最近の作品が多いので発売時の感想と変わってない部分多めのため一挙公開)

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倉木麻衣 20周年シングル回顧3~2008-2014~

元旦のアルバム『ONE LIFE』では当時のO社年末年始の合算集計の情勢を見誤ったためにまさかのトップ10落ちを記録するなど低迷を続けていたが、10周年に向けては、スタイリッシュな方向性を打ち出した新路線が好評でアルバム『touch Me!』は前作トップ10落ちから一転しての1位を獲得して人気復活をアピール(実際は売上はほとんど同じだったので週選びを見極めただけではあった)地上波TV出演解禁も相まって最終的に『touch Me!』は前作『ONE LIFE』をわずかに上回る初のオリジナルアルバム売上上昇となった(デビュー作が売れすぎたので基本出すたび下がり続けるのが宿命状態だった)。立て続けの10周年展開ではCM大量露出もあって存在感を示し、明確に売上を伸ばすことに成功、華々しい10周年を迎える事が出来た。

以降も路線を変更しながら活動を続け、西野カナによく提供していたGiorgio 13を迎えたりもしていた。15周年を迎える前には一時スランプにも陥ったようだが、復活を遂げポジティブな溢れんばかりの勢いで(「TRY AGAIN」→「Wake me up」→「無敵なハート」→「DYNAMITE」)突き進んだ。

またベストかよ感はあったものの、15周年ベストでは1stアルバムのジャケ写を再現する試みが行われ、ほとんど変わってない美貌に注目が集まった。また中期を削って初期と最近寄りの選曲にするといった工夫も見られた。

2019.11執筆(以前の過去曲回顧は「Beautiful」までのシングルだったので以降は完全新規)

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倉木麻衣 20周年シングル回顧2~2002-2008~

この時期になるとシングル売上は10万枚を下回るようになっていったので、もう知らない人は知らないという状態になってきていたんじゃないかと思う。一方で紅白歌合戦には03~05年に3年連続で出演した。この時期はTVに出ておらず、この3年間も”紅白でだけTVに出てくる人”だった。この3年間では「Stay by my side」「明日へ架ける橋」「Love, Day After Tomorrow」という選曲で、NHKタイアップだった「明日へ架ける橋」以外はその年の曲を歌う事は出来なかった。最初の2年は中継出演させてもらうなど大物扱いではあったが、正直人気が伴わなくなってきている感もあって、3年目はかなり厳しい感じがしていたが案の定3年連続で途切れた…。

05年にはセルフプロデュースへ移行。まもなく長戸大幸の長戸大幸名義でのプロデューサー復帰により、以降は連名となった。2007年にはGIZAから新たに設立したNORTHERN MUSICへ移籍するなど環境の変化もあった。NORTHERN MUSICへ移籍以降は外部作家の起用が増加した。

2019.10~11執筆、10周年時2009年に行った過去曲回顧の完全破棄リメイク

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倉木麻衣 20周年シングル回顧1~1999-2002~

98年末に突如出現した宇多田ヒカルの大ヒットから丸1年、99年末に宇多田ヒカルを彷彿とさせるまた新たな10代の女性シンガーが突如登場した。倉木麻衣の初期キャリアは宇多田ヒカル無くしてはありえないというくらい、宇多田ヒカルに印象を寄せたイメージ戦略が展開した。何だか良く分からないままに一大ブームとなって1stアルバムが350万枚を突破する空前の大ヒットとなったものの、その後シングルで50万枚を越えることは無く、アルバムも2ndはミリオン、3rdではミリオン割れとなった。90年代には1stがミリオン、Wミリオン級の空前の大ヒットになるも2nd以降で失速して落ち着いていくという売れ方も多かったが、そういう90年代的なメガヒットの最後の頃でもあったと思う。

基本的に代表曲とされていて広く知られているヒット曲は概ねここまでで出揃っている。当時はコナン歌手のイメージもそこまで強くは無かった。代表曲として挙げられる事の多い5,6曲の中でもコナンは「Secret of my heart」くらいである。愛内里菜、GARNET CROWら多数のレーベルメイトや新顔でコナンタイアップを回していたので倉木麻衣が飛びぬけて担当していたわけでもなかった。

2019.10執筆、10周年時2009年に行った過去曲回顧の完全破棄リメイク

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浅岡雄也 シングル&アルバム回顧2~2009-2019~

2009年からはソロデビュー以降在籍していた事務所・レコード会社を離れて完全独立。これに伴い公式サイトとFCも新たに立ち上げ直す事となり、現在の公式・FCへ移行した。一般的にイメージされる個人事務所とかインディーズというよりも、サイトの更新から音源制作(uyax studioという表記はメジャー時代からあったので自宅スタジオは既にあったようだ)、発注、そしてCD発送業務まで基本的に自ら行っているようで自主制作といった方がしっくりくるかもしれない。

一方でメジャー時代はほとんど実現しなかった生バンドでのレコーディングが自ら指揮を執る事で可能となり、基本的には生バンド編成となった。これに伴ってか作風もメジャー時代はミドル~ミディアム主体だったのが生バンドの勢いを生かしたアップテンポが増えた。FIELD OF VIEWからのイメージだとメジャー時代よりもむしろここからの方があの頃と変わらぬイメージかもしれない。

しかしCD販売がライブ会場&自社通販のみになってしまったので販路は大幅に限られた。Amazonなど大手に委託すると多額の手数料が取られてしまうので割に合わないそうで、自社通販のみとしていたが、慣れていない者にはかなり購入ハードルが高く、当初は銀行振り込み・代引きくらいにしか対応しておらず、Paypal決済を通じてのクレジットカード払いができるようになったのもここ数年の事であった。

配信も試験的にベスト盤や単曲、完売した作品などの一部を除いて大手サイトへの配信を拒否していたが(還元率が悪いとかで)、一方でハイレゾでの配信も行っていた。これもやはり大手ではなく、BASEを使って個人配信サイトを作ったり、Gumroadで販売するという形を取っていた。

そんな中、2019年ついに大手配信サイトへの解禁を決意されたようで、ストリーミングも一挙解禁された(最新作は配信しないなど抜けはある)。今回販路が拡大してひとまず誰でも手軽に聞けるようになったのを記念して勝手にピックアップして過去曲回顧してみる事にした。Twitter芸人としてしか知らない、ツイ廃の成れの果て、FOVは好きだったけど今何してるのか知らない、「DAN DAN心魅かれてく」をアニサマ会場の外の特設ステージで何年か前に歌ってるを見た、TVで爽やかじゃなくてTwitterで愚痴りまくってるオジサンとしてやってるのを見た…など様々だとは思うが、現役のシンガーが本業であり、たとえ織田哲郎のお墨付きで本人が爽やかじゃなかろうとも曲も歌声も昔から今まで爽やかなままだ。曲だ、曲なんだ、曲を聞いてくれ!

2019.9執筆

「浅岡雄也 シングル&アルバム回顧2~2009-2019~」の続きを読む…